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魔女狩りに遭ったら、大魔法使いになれと言われました  作者: めしあん
学園編

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9/13

5

 学園に通い初めて2週間が経った。


 今日はノアさんが帰ってきたとの報せを受けて、待ち合わせ場所の喫茶店に向かっている。

 学園内で待ち合わせるのはやはり嫌らしい。


 喫茶店に着くと、先に席に着いていたノアさんが手を振ってくれた。

 向かいに座ると、ノアさんは柔らかく目を細めた。


「元気そうだね」

「はい。あの、聞いてほしいことがたくさんあって…」


 言葉が次々と溢れた。

 リーネとヴィーのこと。

 女子会の約束。

 学食のハンバーグ。

 中庭を見つけたこと。

 木の上で寝ているフィオルのこと。


「フィオルっていうんです。ちょっと変わってるけど、優しい人で。人前で話すのは苦手みたいなんですけど、中庭だと少しだけ話してくれるんです」


 自分でも驚くくらい、楽しくて仕方がない。

 ノアさんは頷きながら、静かに紅茶を口に運ぶ。

 私の話に相槌を打ちながらニコニコと聞いてくれた。


「……そうか」


 それだけなのに、肯定された気がした。


「授業も、思ったよりちゃんとついていけてます。ここ二週間の成果かもしれません」

「君は努力家だからね」


 即答だった。迷いがない。

 私は少し照れて、笑った。


 その瞬間、ノアさんの視線がほんのわずかに逸れた。

 カップを持つ指先が、一拍だけ止まる。

 でも次の瞬間には、いつもの穏やかな表情に戻っていた。


「無理はしていない?」

「してません。たぶん」

「“たぶん”は便利な言葉だね」


 くす、と軽く笑う。


「でも、本当に楽しいんです。知らないことばかりで。毎日が新鮮で」

「……それは良かった」


 少しだけ低い声でノアさんは返事をする。

 ノアさんは微笑みを崩さないまま、紅茶をもう一口飲んだ。


「君が笑っているなら、それでいい」


 一瞬どういう意味だろう、と思ってノアさんを見るといつものようにニコッと微笑まれたので、私もつられて笑ってしまった。


 ーーー


 今日は魔法の練習をしてみよう、というのも事前に約束していた。

 店を出たあと、人通りのない河原まで移動する。

 夕方の光が水面に揺れている。


「軽くだけ試そう。今日は感覚をつかむ程度でいい」


 ノアさんはそう言って、足元の小石をひとつ拾い、私の前に置いた。


「まずはこれに、ほんの少しだけ魔力を流してみて。魔法を使ったことはなかったんだよね…そうだな…意識を集中させる感じで、手元に魔力を集めるようにしてみるといい」


 ほんの少し。

 そう言われると、逆に難しい。

 私は小石に手をかざす。

 胸の奥に意識を落とし、そこにある黒い泉のような感覚を探す。


 緊張しているのが自分でも分かる。

 失敗したらどうしよう。

 ノアさんの前で、変なことになったら――

 じわ、と魔力を流したつもりだった。


 その瞬間。


 小石が、すっと沈んだ。


「え?」


 削れるでも砕けるでもなく、存在が消える。

 慌てて止めようとしたが、止まらない。

 足元の砂がさらさらと動き始める。

 周囲の土が、草が、細い根まで、私の手元へ引き寄せられてくる。


 吸っている。

 私の魔力が、周りのものを巻き込んで吸収していく。


「エリナ、止めるんだ」


 ノアさんの声が一段低くなる。

 止めなきゃ。

 自分の呼吸が荒くなっている音だけ聞こえる。

 空気が冷たくなる。

 視界の端が暗く揺れた。


「……っ」


 自分の輪郭も分からない。

 どこまでが自分で、どこからが外なのか。


「…大丈夫。今から君の魔力を抑えるために僕の魔力を流し込む」


 ノアさんが私のすぐそばに踏み込む。

 空気が変わる。

 今度は柔らかい、水の気配。

 彼の手のひらから透明な水球が生まれる。

 それはただの水ではない。魔力を帯びた水だ。


「十分な量の魔力を吸収すれば…エリナ、落ち着いてまずは魔力を止めて」


 その水を、私の闇に触れさせる。

 瞬間、吸収の流れがそちらへ向いた。

 土や草の流れが弱まる。


「……っ」


 ノアさんの腕が、私に近づくと同時に、じゅ、と小さな音がした。

 彼の袖が裂ける。

 血が滲む。


「ノアさん!」


 その赤を見た瞬間、思考が一気に戻る。

 怖い。

 必死に泉を閉じる。

 胸を押さえ、深く息を吸う。


 止まれ。

 止まれ。


 何度もそう念じる。

 どれぐらいが経ったのだろうか。

 やがて、周囲の流れが止まった。

 小石は形を失い、足元の地面はえぐれている。

 河原には不自然な空白ができていた。

 静寂が戻る。

 私は震える手でノアさんを見る。


「ご、ごめんなさい……」


 ノアさんは、傷ついた腕を軽く振ってから、小さく笑った。


「かすり傷だよ」

 たしかにそこまで深くはないようだった。

 でも、その傷ははっきりと、私のせいだった。


「思ったより出力が高いね。やっぱり制御の練習は段階を踏もう」


 声は落ち着いている。

 怒っていない。

 焦ってもいない。

 それが、余計に胸を締めつけた。


「怖かった?」


 そう聞かれて、私はこくりと頷いた。


「……自分が」


 ノアさんは一瞬だけ、真顔になった。

 私の頭にそっと手を置くと微笑んだ。


「そう思えてるなら、大丈夫。今日はここまでにしよう。制御は、必ずできるようになる。最初が一番難しいものだからね」


 夕暮れの風が吹く。

 削れた地面を見ながら、私は初めて実感した。

 これは、ただの“珍しい属性”じゃない。

 簡単に命さえ奪ってしまうものだ。

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