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外で鳥が鳴く声で目が覚める。
普段と違うベッドの感触に違和感を覚えながら目を覚ますと、昨日までの出来事が嘘でなかったことを証明するかのように、窓から朝日が差し込んでいた。
支度を済ませて、昨日言われた通り寮の待合室でノアさんを待つことにした。
この寮は学園の中にあるうちの一つの寮で、主に魔法科と薬学科の生徒が中心に暮らしているらしい。
同じ建物に150人ほどいるらしく、足音や声が響いてくるので、なんだか落ち着かなかった。
待合室へ足を運ぶ人はいないので話しかけられることは無い。しかし、待合室は寮の出入り口のすぐ横にあるため、多くの生徒がこちらをチラリと覗いてから外に出て行く。
そんな様子にますます肩に力が入ってしまう。そんな時、待合室の扉が開いた。
フードを被っているので顔はよく見えないが、ノアさんだろう。
「おはよう。こんな格好でごめんね。卒業生とはいえ、僕の顔を知ってる人もいて、ちょっとめんどくさいんだよね…」
「いえ、全然大丈夫です。おはようございます」
確かに、ノアさんは成績優秀、飛び級卒業をしている。色々声をかける人がいるのだろう。
「朝ごはんまだ食べてないよね。今の時間は食堂が開いてるから、案内がてらそこで食べようか」
「はい、わかりました」
ノアさんは相変わらず世話を焼いてくれる。
もし自分に兄弟がいたとしたらこんな感じなのだろうか。
食堂は寮からそこまで遠くなく、道もすぐに覚えられそうだった。
流石に規模の大きな学校ということもあり、食堂は1000人ほどが入りそうな規模だった。
生徒だけでなく、ここで働いているのであろう人の姿も見える。
ここまで人数が多いと、フードの男と見慣れない制服を着ていない私も人混みに紛れるらしい。
生徒同士で会話に夢中なのもあり、待合室にいた時より注目をされていないようだったので不思議だった。
「朝はパンとスープが日替わり、昼と夜は3種類のメニューが日替わりで出てくる。好きなものを頼んでいい。朝と、昼から夜まではずっと開いているから、ここで勉強する人もいるかな」
ノアさんが指差した方のメニューを見る。
今日の朝食はシチューとクロワッサンのようだ。
「ここのメニューは学生ならいつでも食べられる。…寝坊して食べ損ねたりしないようにね」
「…気をつけます」
そう言って彼はふふっと笑った。
彼は寝坊したことがあるのだろうか。
せっかく無料で食べられるのだから、食べないと損だな、と思った。
カウンターで朝食のプレートを受け取って、開いている席についた。
「今日は学園を案内するのと、編入試験を受けてもらおうと思ってる。エリナくらいの魔力量なら問題ないはずだよ。とはいえしばらくは僕が座学をすることになると思う」
いきなり知らない場所に放り込まれるわけではなくて安心した。
ここまで手厚くしてもらえるなんて、ますますノアさんに頭が上がらない。
「なにから何までありがとうございます」
「いやいや、いいのいいの。僕が勝手にやってることだからさ」
なんでもないといった様子でノアさんは笑う。
しかし、私からすれば人生を変えてくれる大恩人だ。
ノアさんが『大魔法使いになってほしい』と言うなら、それを叶えるのが恩返しになるだろうか。
朝食のシチューはとても美味しかった。
ミルクの入った料理や、誰かの焼いたパンを食べるのは久しぶりで、また感動してしまった。
ここ数日、ご飯を食べるたびにこんな気持ちになっている気がする。
ふと視線を感じてノアさんの方を見る。ノアさんはもう食べ終わっていたが、私が食べているのを見ながら考え事をしているようだった。
ーーー
その後、一通り学園を案内してもらった。
といっても、私が使うことになるのは魔法科の棟と寮、食堂、図書館くらいで、そこまで複雑な内容ではない。授業中だったので誰ともすれ違わなかった。
地図ももらったので迷うこともなさそうだ。
午後には『編入試験』を受けることになった。
学園では申請さえ通れば誰でも編入できるらしい。
ノアさんもそんなに難しいものじゃないから心配しなくていいと言ってくれた。
ノアさんの後に続いて案内された部屋へ入る。
私が彼の背中から顔を覗かせると、部屋には黒髪の男性と、赤髪の女性がいた。二人とも40ほどに見える。先生だろうか。
男性の方はそのグレーの瞳の目つきが鋭くて、なんだか肉食動物みたいな人だと思った。
女性は私と目が合うとニコッと笑って手を振ってくれた。ふさふさの赤毛が可愛らしい人だ。
「こんにちはお嬢さん。私はシュカ。魔法科の講師をしてる。隣のがディアクロス。長いからクロ先生って呼んでる。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
慌てて姿勢を正してお辞儀をする。
クロ先生も私と同じタイミングでお辞儀をした。
顔は怖いが、なんだかのんびりした熊みたいな人なのかもしれない。
「じゃあ、早いとこ要件を済ませちゃおうか」
そう言ってシュカさんがクロ先生に目配せする。
クロ先生は頷くと、奥から水晶のようなものを持ってきた。
私はそれに見覚えがある。
私がまだ両親と暮らしていた頃、年に一回、まだ魔法が発現していない子供はあれを触らさせられる。
魔力量と属性を測ることができるという道具だ。
あの時の両親の息を呑む声と、悲嘆に暮れる顔が思い出される。
「ちょっと、大丈夫?顔色悪いわよ。ほら、一旦こっち座りなさい」
シュカさんが手を引いて椅子に座らせてくれた。
自分でも心臓の音が速くなっているのがわかる。
思うように息ができない。
目の端でノアさんがクロ先生の方に何か話しているのが見えた。
クロ先生は私の前にしゃがむと、私に見えるように水晶に触れて見せた。
黒く、渦巻くように水晶の中に煙が現れる。
私と同じ色だった。
驚いてクロ先生の方を見ると、相変わらず鋭い目つきの瞳が心配するようにこちらを見ていた。
「大丈夫?ごめん、僕の配慮が足りなかったよ。あっちの国の事情は僕が一番把握してるのに」
「あ、ありがとう…ございます」
ノアさんが声をかけながら水を渡してくれる。
冷たい水を一口飲むと、少し落ち着いた。
ここは私の故郷ではない。
海を渡った別の国だ。
「…闇魔法という名前だけで毛嫌いする者もいる。だが、可能性を秘めた魔法だ。私は、歓迎する」
クロ先生が低い声で静かに言った。
そして、私に水晶を差し出す。
チラリとノアさんを見ると頷いてくれた。
深呼吸を一つしてから、水晶に触れる。
触れたところからふわっと水晶の中に黒い霧が溶け出したかと思うと、次第に水晶の底に沈み、水晶が徐々に黒く満たされていく。
霧があつまってできたたくさんの小さな黒い粒が光を反射するようにキラキラと水晶の中で漂った。
昔に見たものよりずっと綺麗に見える。
そっと手を離した後も緩やかに円を描くように水晶の中を黒い宝石のようなものが流れていた。
クロさんはそれを見届けると、私の頭を撫でてくれた。
とても大きい手だった。
「聞いてはいたけど、本当に魔力量が多いのね。ノアの入学した時を思い出したわ」
シュカさんが言う。
ノアさんはふるふると首を振った。
「希少性を考えると、彼女の魔力の方が魅力的なんじゃないかな。ともあれ、これなら問題ないでしょう?」
ノアさんは二人に問いかける。
「ええ。後は書類を埋めるだけね…ノアが彼女の保護者ってことになってるけど、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫ですよ。彼女は自分のことは自分でできるし。でも、もし何かあればシュカ先生が聞いてあげてください。女の人の方が話しやすいこともあるでしょうし」
シュカさんは釈然としない様子でため息をつく。
「なにか嫌なことがあったら言いなさいよ。私が面倒見てあげるから」
そう言われて、少し口角が上がった気がしつつ頷く。
シュカ先生もとても優しい人みたいだ。
学園生活への不安が少し和らいだ。
その後、ノアさんとシュカ先生が何か話をしながら書類を書き上げていた。
クロ先生と私は少し離れたところでそれを待っていた。
「…私は、君と同じ闇魔法を使える。ここの生徒で闇魔法を使えるのは今のところ君しかいない。何かあれば私に話してくれていい」
ゆっくりと落ち着いた口調でクロ先生は言う。
彼は、いつでもきて大丈夫だから、とまた優しく頭を撫でてくれた。
二人は書類を書き終えたらしく、その日はここで解散となった。
しばらくしたら制服が届くので、そうしたら正式に授業に出られるとのことだった。
少し、通うのが楽しみだな、と思いながらその日は眠りについた。




