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魔女狩りに遭ったら、大魔法使いになれと言われました  作者: めしあん
プロローグ

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2

 大魔法使い、というのは神が与えるという試練を乗り越え、力を認められた魔法使いのことだ。


 大魔法使いになれば、多くの国から素晴らしい待遇を受けることができるため、魔法に自信がある者はその地位を目指すことも多い。


 そんな大魔法使いになれと言われるなんて、想像もしていなかったので驚いてしまった。

 魔法使いというのは、一般的に魔力の素質がある人がなるものだし、そもそも闇魔法持ちはこの国では魔法使いになれさえもしない。


 彼…ノアさん、はニコニコとしながらこちらを見つめている。

 私が答えられないでいると、ノアさんは口を開いた。


「まあ急に言われても困るよね。とりあえず、一息つこうか。お腹空いてない?この前のお礼に色々持ってきたんだ。」


 この前のお礼、というと、彼は本当にあの時今にも倒れそうになっていた人物なのだろうか。

 確かにローブなどは似た作りだし、背格好も似ているが、あまりピンと来なかった。

 以前はあまりにもボロボロな格好だったので、今の姿とは似ても似つかない。


「あの時はありがとうね。色々あってこっちの国まで調査に来てたんだけど、魔物に襲われたりしてたら道に迷って、食料も無くなっちゃって、本当に死ぬところだったよ。」


 彼の様子を見るに、教会が私の家まで押しかけてきたのは彼が教会に摘発したからというわけではなさそうだ。


「あー、でも先にこの国から出たほうがいいか…。最近は魔女狩りが盛んだから…。」


 思い出したかのようにノアさんはそう言うと、懐から地図を出して目を通す。


「あっちだ。ついてきて。とりあえず道すがら説明するよ。落ち着いて食べられそうな場所があったらそこでご飯を食べよう。魔法使いになるかどうは置いといて、とりあえず隣国まで君を連れて行ってあげる。」


 それは魅力的な提案だ。

 しかし、初めて会った人に抱く警戒心くらいは、私も持ち合わせている。


 不安を抱えたまま、私は彼の先導に続いて馬車道を外れ、森の中の獣道を進むことになった。教会の目を避けるためらしい。


「こっちの方が近道なんだ。ちょっと歩きにくいけどね。隣国まで転移できる場所を作ってあるから、そこまで行こう。」


 そう言いながら、ノアさんは迷いなく進んでいく。足元の悪い場所では自然と私の前に立ち、枝を払ったり、滑りやすい石をどかしたりしてくれた。


 少し歩いたところで、道の先に魔物の死骸が転がっているのが見えた。

 腹部が裂け、血の匂いが濃く漂っている。


「……最近、増えてるんだよ。こういうの」


 ノアさんは眉をひそめつつも、立ち止まって観察する。

 魔物を見るのは久しぶりなので思わず顔を顰める。


「討伐された痕跡はあるけど、魔力が乱暴に残ってる。たぶん別の魔物にやられた後だね」


 そう言って、魔物から視線を逸らした。


「このあたりはひどく淀んでいて嫌だな…僕の魔力まで濁りそうだ。」


 うーんと唸って、少し間を置いた後、彼はチラッとこちらをみた。


「エリナ、君は闇魔法を使ったことはある?」


 奪う魔法。嫌われる力。

 今まで怖くて、使ったことなんてなかった。

 ふるふると首を振ると、彼は苦笑した。


「そりゃそうか。それなら仕方ない。」


 なにが仕方ないんだろうか。

 腑に落ちないでいると、彼はローブの懐から小さな杖を取り出した。


「闇魔法ってさ、“奪う”って言われがちだけど」


 ノアさんは死骸の方へ杖を向ける。

 杖の先から空中に水が浮かぶ。

 彼が杖を振ると、水の流れができ、それに乗るように空気が一気に流れる。


「淀んだ魔力の処理には一番良いって言われてるんだ。」


 先ほどまで重たい血の匂いが立ち込めていたのに、今は澄んだ空気に変わってた。


「淀んだ魔力…?」


「そう。聞いたことない?うーん、説明するのは難しいんだよな…。」


 彼は言った後にため息を一つついたように見えた。


「僕の水魔法ができるのは、『空気を換気する』だけ。でも、闇魔法は『空気中の悪いものを消す』ことができる…って感じかな。」


 ノアさんは振り返って、柔らかく笑う。


「君の魔法は、危険なんかじゃない。扱い方次第で良い影響を及ぼすことができるんだよ。」


 胸の奥が、きゅっと縮んだ。初めてだった。闇魔法そのものを、否定されなかったのは。

 でも、もしそんな使い方ができるなら、私が必要とされる理由にはなるだろうか。


「……それで、大魔法使い、ですか」

「うん」


 即答だった。


「君ならなれる。そもそも、闇魔法ってすごく珍しいんだ。薬から副作用を消したり、物質から何かの一部だけ抜き出したり、他の魔法じゃできないことがたくさんできる。」


 そう言って、また歩き出す。


「まあ、断ってもいいよ。強制じゃない。でも海の向こうには、君の魔法を必要としてる人たちがいる」


 少し前を行く背中を見ながら、私は小さく息を吸った。


 闇魔法が、役に立つ。私自身も、必要とされるかもしれない。

 そんな考えが浮かぶなんて、数時間前の私には、想像もできなかった。



 しばらく歩くと少しひらけた場所があったので、そこで食事を摂ることになった。


 木陰で腰を下ろし、ノアさんが広げた包みから、温かい匂いが立ちのぼった。


 干し肉を香菜で味付けしたもの、それに硬めのパン。

 質素だけど、きちんとした食事だった。


「急いで用意したから、口に合わなかったらごめんね」


 そう言われたけれど、私は首を振った。久しぶりに、ちゃんとしたご飯を食べる気がする。


 一口噛んでみると、思った以上に塩気が優しくて、胸の奥がじんとした。気づかないうちに、こんなにも空腹だったらしい。


「……美味しいです」

「それはよかった」


 ノアさんは安心したように笑い、自分も同じものを口にする。黙々と食べていると、不思議と緊張がほどけていった。


 ノアさんは水のような流れる髪をしている。

 落ち着いて見ると、瞳も海のような深い色をしている。


 でもあまりジロジロ見るのも失礼だなと思って視線をつま先に戻した。


 魔力が多い人は自分の属性が強く体に出ると言われている。

 私も、成長するにつれて昔は麻色だった髪がいつのまにか黒くなっていった。私は瞳の色までは変わらなかったが。

 ここまで属性が強く出ているノアさんは相当魔力が強いのだろう。


 そんなことを黙々と考えながら、食べ終わる頃には、体の力が少し抜け、頭も少しだけはっきりしてきた。


 ノアさんは私が食べ終わるのを見て立ち上がる。


「じゃあ、行こうか。転移地点はもうすぐだ」


 森を抜け、岩場の多い高台へ出た。周りを見渡すと、遠くに光る海が見える。


「……海の向こうって、どんな場所なんでしょうか…」

「うーん。それは行ってみてからのお楽しみかな」


 ノアさんは岩の隙間に隠れるように設置された円形の魔法陣の前で足を止めた。

 刻まれた紋様は古く、けれど丁寧に手入れされている。


「教会に見つからないよう、事前に何か所か準備してるんだ。」


 そう言って、指先で陣に触れる。水面に石を落としたように、淡い光が波紋を描いた。


 私は、思わず一歩後ずさった。


「大丈夫」


 ノアさんは振り返り、少しだけ声を落とす。


「怖かったら、目を閉じてていい。でも、途中で手を離さないで」


 差し出された手を見つめる。迷いはあった。でも――今さら、戻る場所もない。


 私は意を決して、その手を取った。


 温かい。久しぶりの人の肌の感触が、なんだか幼いころを思い出させた。


「じゃあ、行くよ」


 次の瞬間、足元から冷たい感覚が駆け上がる。

 世界が、水の中に沈んだみたいに歪んだ。


 息ができない、と思った刹那――

 潮の匂いがした。


 視界が戻ると、そこは砂浜の上の小さな小屋の中だった。

 外からは、波の音がはっきりと聞こえる。

 扉を開け、一歩出ると、目の前に広がる海が西日で赤く染まっていた。少し遠くに見える港町の白い建物が、夕陽を反射してきらきらと輝く。


「……ここが、外の国?」


「そう。ようこそ!東の国、イーサリウムへ」


 ノアさんは、少し誇らしげに言う。


「この国では、君の魔法は“研究対象”であり、貴重なものだ。 少なくとも、理由もなく命を奪われることはない」


 私は、胸いっぱいに潮風を吸い込んでみた。空の色も、風の匂いも、今までいた国とは違う。


「エリナ」


 名前を呼ばれて振り返ると、ノアさんが真剣な顔でこちらを見ていた。


「ここから先は、君が選ぶ道だ。自分の魔法について、学んでもいい。大魔法使いを目指さなくてもいい。」


 一拍置いて、柔らかく続ける。


「でも、せっかく素敵な力を持っているんだから、僕としては魔法使いになる道を選んでくれると嬉しいかな。」


 海の向こうに渡っただけなのに、世界が、まるっきり違うもののように思える。


 自分が魔法使いになるなんて想像したこともなかった。

 でも、もし本当に成れるなら、誰かに必要とされるなら。


「魔法…勉強してみたいです。」


 ノアさんは困ったように苦笑した。


「これだと僕が言わせたみたいになっちゃうな…。普通に暮らしていくにせよ、自分の魔法への理解は必要だと思う。勉強してみてから違うなって思ったらやりたい道を選んで良い。」


 ノアさんはこちらへ向き直った。


「じゃあ、改めてよろしくね。」


 彼が差し伸べた手を、私はゆっくり握り返した。

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