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幻想にさよならを  作者: 猪西
第一章 見習い編
23/23

23傷の終結


 病室の窓から差し込む朝日は、残酷なほどに白く、清々しかった。


 王都の喧騒が遠くから聞こえてくる。昨日までの凄惨な事件が嘘のように、世界は何事もなかったかのように新しい一日を始めている。

 

 しかし、その光は今のハルにとって、自分の無力さを際立たせるだけのものでしかなかった。


「……っ」


 ハルは意識の浮上と共に、右腕を走る鋭い激痛に顔をしかめた。


 視線を落とすと、自分の右腕は分厚いギプスで固定され、何本もの糸で吊り下げられている。キレウスに踏み砕かれた感触、あの骨が砕ける嫌な音が、耳の奥で何度も繰り返す。


「……目が覚めたかしら」


 傍らの椅子に座っていたアイリスが、手元の新聞から視線を上げた。その顔には隠しきれない疲労の色があったが、ハルが目覚めたのを見て、ほんのわずかだけ表情を和らげた。


「アイリス……さん……。俺、あのあと……」


「フィリップがあなたを回収してきたわ。……命があっただけ儲けものだと思いなさい」


 ハルは唇を噛んだ。

 キレウス。

 あの圧倒的な力の差。そして、自分を「ただの器」と呼び、存在そのものを否定したあの冷たい瞳。


「……負けました。手も足も出なかった。あいつに言われたんです。俺は弱い、ただの器だって。……悔しくて、たまらないんだ。俺がもっと強ければ、あんな言い草をされずに済んだのに。リリィちゃんを守れたとき、少しはマシになったと思ってたけど……全然、追いつけてなかった」

 

 ハルの瞳から、一筋の涙が溢れた。それは痛みへの涙ではなく、自分の無能さに対する、魂の叫びだった。アイリスは何も言わず、ただ静かにハルの左手を握った。彼女の掌は驚くほど温かかった。


「……悔しがりなさい。その悔しさを忘れないことね」


 アイリスは少しの間を置いてから、話題を変えるように切り出した。


「神父の事件についてだけど……未だに不可解な点があるの」


 ハルは涙を拭い、アイリスを見つめる。


 「不可解な点……? 神父は捕まったんですよね?」


「ええ。身柄は騎士団に引き渡したわ。でも、騎士団の医療班が子供たちの体を徹底的に検査した結果、爆発物はおろか、魔石の類さえ一つも見つからなかったのよ」


「そんな……じゃあ、神父はどうやってリリィちゃんたちを爆弾に変えたんですか? 彼は確かに、指先一つで起爆させると言っていたのに……」


 アイリスは考え込むように腕を組み、窓の外を見つめた。


「一つだけ、可能性があるとしたら……あの神父は、自分の中の『扉』を開けたのかもしれないわね」


「扉……?」


 聞き慣れない言葉に、ハルは首を傾げた。


「ええ。この世界のスキルのほとんどは、同じような性質を持つ者が多いわ。例えば『火を出す』『門を作る』……。でも、極稀に、強い執着やきっかけ一つで、自分のスキルが全く別次元の力に変異することがあるの。それを、自分の中にある未知の境界線を超えたという意味で、私たちは『扉を開ける』――専門用語で『デア』と呼んでいるわ」


「デア……。スキルの進化、みたいなものですか?」


「そんな感じよ。もしかしたら神父のスキルは、物質的な爆弾を設置する力から、『人の命そのものを爆薬へと定義し直す』概念的な力が進化したのかも。もしそうなら、体に痕跡が残らないのも頷けるわ」


 ハルは戦慄した。もし神父がその「扉」を開けていたのなら、自分たちが戦っていたのは単なる犯罪者ではなく、無差別に人を爆弾に変える存在だったということだ。そして、キレウスやその後ろにいる組織もまた、その「扉」の先にいる者たちなのかもしれない。


「俺にも……その扉を開けることができるんでしょうか」


「……それはあなた次第よ」


 アイリスはそう言うと、不意に思い出したようにサイドテーブルの引き出しから一通の封筒を取り出した。


「そうそう、忘れるところだったわ。あなたが寝ている間に、事務所に手紙が届いていたのよ。差出人は書いてなかったけれど、宛名はあなただったわ」


「俺に……?」


 ハルは不自由な左手で封筒を受け取り、アイリスに手伝ってもらいながら開封した。


 中には簡潔な、しかし衝撃的な内容が記されていた。


「……ルカを、捕まえた……?」


 ハルはギプスに包まれた右腕を、痛みを堪えて強く引き寄せた。

 

 無力さに泣いた夜は終わった。

 目の前に突きつけられた新たな真実。


 窓から見える王都の空は、嵐の前の静けさを醸していた。


【読者様へのお願い】


 お読みいただきありがとうございます。


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