22敗北の残響
森の空気が一変した。
ハルの両腕に具現化された対の長銃。それは、これまでの重火器のような禍々しさとは対照的に、削ぎ落とされた静かな殺意を放っていた。
「……ほう。形を変えたか。だが無駄だと言ったはずだ。その細い針のような物で、何ができる?」
キレウスは余裕を崩さず、大剣を肩に担ぎ直した。だが、ハルは答えない。ただ、冷徹な赤い瞳でキレウスの急所を見据えている。
「……硬いのが自慢なんだろ。だったら、その硬さを利用させてもらうぜ」
ハルの声が響くと同時に、右の銃口が火を噴いた。
――キィィィィィンッ!
放たれたのは弾丸ではない。極細の、光の線だった。
「遅い!」
キレウスは大剣の腹でその光線を弾こうとした。しかし、光線は大剣に触れた瞬間、弾かれるのではなく、波紋のように剣の表面に「伝播」し、キレウスの全身を包み込んだ。
「……!? なんだ、これは。熱くも痒くもないぞ。ハッ、やはり我の防御を抜くことはできんようだな!」
「そうかよ。じゃあ、仕上げだ」
ハルが左の長銃の引き金を引く。
放たれたのは、先ほどの光線とは正反対の、重苦しい赤黒い弾丸だった。
キレウスはそれを胸で受け止めようとした。避ける必要はない。そう確信していたからだ。だが、弾丸がキレウスの胸板に触れた瞬間、信じられない音が響いた。
――パキィィィィィンッ!!
それは、硬い氷が割れるような、あるいはダイヤモンドが砕け散るような、高く鋭い音。
「……な、……がっ、あぁぁぁ!!?」
キレウスの口から、絶叫が漏れた。
決して傷つくはずのない彼の胸部。
今まで一度も揺らぐことのなかったその巨体を大きく後方へと弾き飛ばした。
「……ぐ、おぉっ!?」
初めて与えた有効打。赤い目に宿る冷徹な意志が、追撃のために引き金に指をかけた。
だが、その瞬間だった。
「――っ、……あ、が……ッ!!」
ハルの全身を、焼けるような激痛が襲う。視界が激しく点滅し、両目の「赤」が急激に色褪せていく。限界を超えたオーラの出力。その代償が、最悪のタイミングでハルを襲った。
「おい、待て……まだ……だ……!」
ハルの意識が一度真っ暗になり、次に目を開けたとき――。
「……え、……ぁ、れ……?」
そこに立っていたのは、いつもの杉山春だった。
ハルは自分の手を見つめた。具現化されていた長銃は霧散し、ただの空っぽな掌が震えている。全身に走る激痛、頭から流れる血。ついさっきまで自分が何をしていたのか、記憶が霧に包まれたように朧げだった。
「あ……が、はは……。……なんだ、それは」
土煙を払い、キレウスが立ち上がった。胸の亀裂からは血が滲んでいるが、その瞳には驚愕と、それを上回る激しい怒りが燃え盛っていた。
「……先ほどまでの覇気はどうした。あの、我の『硬化』を砕いた冷徹な眼光はどこへ消えた……!!」
「……くっ」
ハルは混乱しながらも、地面に落ちていた折れかけの斧を握り直した。だが、今の彼には一歩を踏み出す力さえ残っていない。半覚醒さえ解け、身体はただのボロボロな少年のそれに戻っていた。
「勝負は……まだ、終わってねえ……!」
「黙れ、クズがァッ!!」
キレウスの咆哮。大剣の一振りが、ハルの横腹をまともに捉えた。
「――がはぁっ!!」
ハルの体は紙屑のように吹き飛ばされ、地面を何度も跳ねて岩肌に叩きつけられた。斧は遠くへ跳ね、ハルはピクリとも動けなくなる。
「……ふざけるな。期待させた挙句、この無様は何だ。……出せ! さっきの貴様を出せ! あの強者の人格の貴様を、もう一度出せと言っているんだ!!」
キレウスがハルの襟首を掴み上げ、強引に立たせる。ハルの首がカクンと折れ、意識が飛びそうになるのを、キレウスの罵倒が繋ぎ止めていた。
「何を……言ってんだ……。……っ、離せよ……!」
「わからんだと? 貴様、自分の力すら把握していないのか! 情けない……虫酸が走るわ! 弱い、あまりにも弱すぎる。これほどまで不快な気分にさせられたのは初めてだ!」
キレウスはハルを地面に叩きつけ、その上に重い軍靴を乗せた。
「世の理は単純だ。強い者が全てを手にし、弱い者は踏みにじられる。貴様のような出来損ないは、ただ強者の足元で泥を啜っていればいいのだ」
「……っ、う……るせえ……! 強けりゃ、何をしたっていいのかよ……。神父みたいに、人の命を弄んで……!」
「そうだ! 抗う力を持たぬ者は、奪われるのが宿命だ。貴様が今こうして我に踏まれているのも、貴様が『弱い』から。それ以外の理由など、この世のどこにも存在せん!」
ハルは悔しさに奥歯を噛み締めた。拳を握りしめ、地面の砂を掴む。だが、体は鉛のように重く、指先一つ動かせない。
「……見せてやろう。貴様の、その無力さを、骨の髄までな」
キレウスが冷酷に呟き、ハルの右腕を掴んだ。
「なっ……」
――バキィィィィンッ!!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ハルの絶叫が、夜の荒野に響き渡った。右腕が、ありえない方向に曲がっている。
激痛にのたうち回るハルを見下ろしながら、キレウスは吐き捨てるように言った。
「その面だ。その絶望と無力感に満ちた顔こそ、今の貴様にお似合いだぞ」
「………殺すなら早く殺せよ……!!」
ハルは涙と鼻水に塗れた顔を上げ、キレウスを睨みつけた。
「……殺せ? ククッ、勘違いするな。お前を殺してしまったら、あの『赤目』と再び刃を交える機会が失われてしまう。我はあやつを、真の強者を求めているのだ」
キレウスは、ゴミを見るような目でハルを見つめ、残酷に微笑んだ。
「だが……今ここにいる貴様という無能な人格だけは、ここで死んでも構わん。貴様はただの、器に過ぎんのだからな」
「……っ……ぁ……!」
ハルは言葉を失った。自分という存在そのものを否定され、ただの「器」として扱われる屈辱。何よりも、これほどまでにいたぶられながら、自分には抵抗する術がないという現実が、刃のように心を切り裂いた。
「……あ、……ぁぁ……ぁぁぁあ!!」
ハルは折れた腕を抱え、地面に額を擦り付けて叫んだ。
悔しい。
自分が弱いことが。
大切な人たちを、こんな無力な自分では守れないことが。
キレウスはそんなハルにはもう興味を失ったように、懐から小さな魔石を取り出した。地面にゲートが開き、渦巻く闇が彼を包み込む。
「せいぜい、その腕の痛みと共に己の無能を呪うがいい。……さらばだ、器の少年よ」
キレウスの姿が、ゲートの中に消えていく。
ハルは這いつくばったまま、その消えゆく影に向かって、声にならない叫びを上げ続けた。
「……クソ……クソォォォォォォォォッ!!!」
その後、教会ではアイリスが神父を完全に制圧し、駆けつけた騎士団へと身柄を引き渡した。
神父は最後まで「これは始まりだ」と不気味な笑みを浮かべていたが、冷徹な騎士たちによって護送車へと押し込められた。
孤児院の子供たちは、急遽用意された別の孤児院へと移されることになった。
セレスの「ゲート」のおかげで物理的な被害こそなかったが、彼らの精神的なショックは計り知れない。騎士団の医療班が子供たちの体を隅々まで検査した。
しかし、そこで一つの戦慄すべき事実が判明した。
「子供たちの体内からは、爆発物も、魔力の種も、何一つ発見されなかった」のである。
神父は確かに、指先一つで人間を爆弾に変え、起爆させることができた。リリィの時も、これまでの犠牲者の時も、爆発の予兆は一切観測されていなかった。
「……何処にも、ない? そんなはずは……」
報告を受けたアイリスは、眉を潜めた。
爆発物を仕掛けず、どうやって人を爆発させたのか。その方法は、神父が捕まった今もなお、深い謎として残されたままであった。
王都を震わせた「人間爆発事件」は、表向きは解決した。
だが、ハルの折れた腕と、消えない謎が、次なる嵐の予感を色濃く残していた。
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