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幻想にさよならを  作者: 猪西
第一章 見習い編
21/23

21火種の目覚め

 

 静寂が荒野を支配していた。

 先ほどまで響いていた激しい打撃音も、ハルの苦悶の声も消え失せ、そこにはただ、濃密で、肺が潰れるほどに重苦しい「殺気」だけが漂っていた。

 

 大木を背にして座り込んでいたハルが、ゆっくりと、折れた操り人形のように立ち上がる。頭から流れる血が顎を伝って滴り落ちるが、彼はそれを拭おうともしない。

 ハルが顔を上げた。

 その両目は、暗闇を焼き切るような鮮血の「赤」に染まっていた。


「…………」


 キレウスは、思わず一歩後退した。

 戦士としての本能が警鐘を乱打している。目の前にいるのは、先ほどまで慈悲を乞うように震えていたあの少年ではない。姿かたちは同じでも、中身が、魂の「質」が、まるで別次元の何かに挿げ替えられたような違和感。


 両目が赤くなったハルは、まず自分の手を見つめ、それから周囲をぐるりと見渡した。


「……お前誰だ?」

 

 その声は、低く、冷たかった。ハルは首を左右に鳴らすと、視線をキレウスに固定した。


「ここはどこだ? ……まあ、何でもいいか」


「……何を言っている。貴様、正気か?」

 

 キレウスが不審げに問いかける。ハルは鼻で笑い、髪を乱暴にかき上げた。


「正気も何もねえよ。今やっと起きたばっかなんだ。聞きたいことは山ほどあるんだが……まずは状況整理からだな」


 キレウスは眉を潜めた。別人格、あるいは精神の崩壊か。だが、そんな思考は、ハルの視線がキレウスの胸元に止まった瞬間に消し飛んだ。


 ハルの両目が、カッと見開かれる。

 キレウスの黒いローブに刻まれた、天秤と蛇と羽の紋章。それを見た瞬間、ハルの体から立ち上る赤いオーラが、膨れ上がった。


「……お前。そのマーク……」


 ハルの声が、地を這うような低音へと変わる。先ほどまでの不遜な態度は消え、そこには凍てつくような殺意だけが残されていた。


「質問だ。お前らの仲間に……片目に眼帯をかけた男がいるだろ――答えろ」

 

 キレウスは、ハルの豹変に一瞬たじろいだが、すぐに戦士の笑みを浮かべた。


「……ククッ、面白い。その怒り、その眼光。ようやく我の求める『強者』の片鱗が見えた。その答え……我に勝てれば教えてやろうではないか!」


「……そうか。交渉決裂だな」


 ハルは小さく笑った。それは、獲物の喉笛を裂く寸前の肉食獣の笑みだった。


「ギブアップは死ぬ前に言えよ!」


 ハルの全身から噴き出した赤いオーラが、物理的な質量を持って渦を巻く。

 そのオーラは瞬時にハルの腕に絡みつき、複雑な金属音を立てて形を成した。現れたのは、この世界の文明には存在しないはずの形状をした、禍々しい「重火器」。


 「消えろ」


 ハルが引き金を引く。

 重火器の先端から、圧縮された赤い魔力の弾丸が連射された。


「ぬんっ!」

 

 キレウスは大剣を盾にし、猛スピードで走りながら弾丸を回避する。着弾した地面が次々と爆発し、岩が粉々に砕け散る。

 回避したはずのキレウスの目の前に、一瞬でハルが接近していた。


 「おせぇんだよ、木偶が」

 

 ハルは空中で重火器の形状をさらに変えた。短砲身の大砲のような姿になったそれを、キレウスの腹部へ零距離で突きつける。


「――ぶっ飛べ」


 ズドォォォォォンッ!!

 

 衝撃波が森を揺らし、キレウスの巨体が砲弾のように吹き飛ばされた。数本の大木をなぎ倒し、土煙が舞い上がる。

 ハルは武器を肩に担ぎ、土煙の方へとゆっくり歩み寄った。


「おーい。死んでねえよな? 答えを聞く前に逝かれると困るんだよ」


 土煙の中から、カツ……カツ……と足音が聞こえる。

 現れたキレウスは、鎧の一部が砕けていたが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「……耐えるか。さすがに、ただのデカブツじゃないらしいな」


「ククク……素晴らしい。これだ、これを待っていたのだ! 貴様こそ、我が求め続けた、この命を賭すに値する強者!」


「……はぁ。悪いが、俺は戦いを楽しみに来たんじゃねえんだよ。時間がないんだ」


 ハルは再び重火器を構える。今度はより巨大な、ガトリング砲のような形状へとオーラを収束させた。


「⋯⋯沈め」


 咆哮と共に、赤い光の雨がキレウスを襲った。凄まじい爆音と土ぼこりが周囲を完全に覆い隠す。数十秒に及ぶ絶え間ない連射。ハルは過熱したオーラの銃身を霧散させ、ふぅ、と息を吐いた。


「……死んだか」


 だが、土ぼこりが夜風に流され、その中心が見えたとき。

 ハルの眉がピクリと動いた。

 そこには、先ほどと全く変わらない姿勢で立ち尽くすキレウスがいた。傷一つ、増えていない。


「……あ? どうなってんだ。今のを食らって無傷かよ」


「無駄だ。我がスキルは『硬化』。この皮膚、この骨、この髪に至るまで、我の意志一つで金剛不壊の盾となる。貴様の放つ、その小癪な光の粒では、我に届くことはない」


「硬化、ね……。じゃあ、これならどうだ!」


 ハルは再び巨大な大砲を具現化し、最大出力でぶっ放した。直撃。キレウスの体がわずかに揺らぐが、やはり傷はつかない。


「マジかよ……カッチカチだな」


 ハルが苦笑いを浮かべた瞬間、今度はキレウスが動いた。


「次は我の番だぞ、小僧!」

 

 巨大な質量を伴うキレウスの猛攻が始まった。大剣の一振りが空気を切り裂き、真空の刃がハルを襲う。ハルはそれを紙一重で躱しながら、カウンターの銃撃を叩き込むが、キレウスはそれを避けることすらせず、肉体で受け止めて距離を詰めてくる。


「くっ……!」


 回避しきれなかったキレウスの拳が、ハルの脇腹に当たる。それだけで、ハルの体は大きくよろめき、呼吸が止まる。


「どうした! 先ほどの威勢はどうした! 

こんなものか、貴様の力は!」


「……あー、クソ。うっせえんだよ。ちょっ

と硬いからって、調子に乗るんじゃねえ」


 ハルがよろめきながらも立ち上がる。

 彼の周囲を漂う赤いオーラが、これまでとは比較にならないほど、濃密に輝き始めた。


「……少し本気で相手してやるよ。お前のその『自慢の皮』……穴だらけにしてやる」

 

 ハルが両手を突き出す。オーラが凝縮され、ハルの両腕を覆うように、一対の、長大な銃身を持つ「長銃」が形作られた。

 その銃口が、キレウスの眉間を静かに捉える。

 空気そのものが、ハルの怒りに同調して震えていた。


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