21火種の目覚め
静寂が荒野を支配していた。
先ほどまで響いていた激しい打撃音も、ハルの苦悶の声も消え失せ、そこにはただ、濃密で、肺が潰れるほどに重苦しい「殺気」だけが漂っていた。
大木を背にして座り込んでいたハルが、ゆっくりと、折れた操り人形のように立ち上がる。頭から流れる血が顎を伝って滴り落ちるが、彼はそれを拭おうともしない。
ハルが顔を上げた。
その両目は、暗闇を焼き切るような鮮血の「赤」に染まっていた。
「…………」
キレウスは、思わず一歩後退した。
戦士としての本能が警鐘を乱打している。目の前にいるのは、先ほどまで慈悲を乞うように震えていたあの少年ではない。姿かたちは同じでも、中身が、魂の「質」が、まるで別次元の何かに挿げ替えられたような違和感。
両目が赤くなったハルは、まず自分の手を見つめ、それから周囲をぐるりと見渡した。
「……お前誰だ?」
その声は、低く、冷たかった。ハルは首を左右に鳴らすと、視線をキレウスに固定した。
「ここはどこだ? ……まあ、何でもいいか」
「……何を言っている。貴様、正気か?」
キレウスが不審げに問いかける。ハルは鼻で笑い、髪を乱暴にかき上げた。
「正気も何もねえよ。今やっと起きたばっかなんだ。聞きたいことは山ほどあるんだが……まずは状況整理からだな」
キレウスは眉を潜めた。別人格、あるいは精神の崩壊か。だが、そんな思考は、ハルの視線がキレウスの胸元に止まった瞬間に消し飛んだ。
ハルの両目が、カッと見開かれる。
キレウスの黒いローブに刻まれた、天秤と蛇と羽の紋章。それを見た瞬間、ハルの体から立ち上る赤いオーラが、膨れ上がった。
「……お前。そのマーク……」
ハルの声が、地を這うような低音へと変わる。先ほどまでの不遜な態度は消え、そこには凍てつくような殺意だけが残されていた。
「質問だ。お前らの仲間に……片目に眼帯をかけた男がいるだろ――答えろ」
キレウスは、ハルの豹変に一瞬たじろいだが、すぐに戦士の笑みを浮かべた。
「……ククッ、面白い。その怒り、その眼光。ようやく我の求める『強者』の片鱗が見えた。その答え……我に勝てれば教えてやろうではないか!」
「……そうか。交渉決裂だな」
ハルは小さく笑った。それは、獲物の喉笛を裂く寸前の肉食獣の笑みだった。
「ギブアップは死ぬ前に言えよ!」
ハルの全身から噴き出した赤いオーラが、物理的な質量を持って渦を巻く。
そのオーラは瞬時にハルの腕に絡みつき、複雑な金属音を立てて形を成した。現れたのは、この世界の文明には存在しないはずの形状をした、禍々しい「重火器」。
「消えろ」
ハルが引き金を引く。
重火器の先端から、圧縮された赤い魔力の弾丸が連射された。
「ぬんっ!」
キレウスは大剣を盾にし、猛スピードで走りながら弾丸を回避する。着弾した地面が次々と爆発し、岩が粉々に砕け散る。
回避したはずのキレウスの目の前に、一瞬でハルが接近していた。
「おせぇんだよ、木偶が」
ハルは空中で重火器の形状をさらに変えた。短砲身の大砲のような姿になったそれを、キレウスの腹部へ零距離で突きつける。
「――ぶっ飛べ」
ズドォォォォォンッ!!
衝撃波が森を揺らし、キレウスの巨体が砲弾のように吹き飛ばされた。数本の大木をなぎ倒し、土煙が舞い上がる。
ハルは武器を肩に担ぎ、土煙の方へとゆっくり歩み寄った。
「おーい。死んでねえよな? 答えを聞く前に逝かれると困るんだよ」
土煙の中から、カツ……カツ……と足音が聞こえる。
現れたキレウスは、鎧の一部が砕けていたが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「……耐えるか。さすがに、ただのデカブツじゃないらしいな」
「ククク……素晴らしい。これだ、これを待っていたのだ! 貴様こそ、我が求め続けた、この命を賭すに値する強者!」
「……はぁ。悪いが、俺は戦いを楽しみに来たんじゃねえんだよ。時間がないんだ」
ハルは再び重火器を構える。今度はより巨大な、ガトリング砲のような形状へとオーラを収束させた。
「⋯⋯沈め」
咆哮と共に、赤い光の雨がキレウスを襲った。凄まじい爆音と土ぼこりが周囲を完全に覆い隠す。数十秒に及ぶ絶え間ない連射。ハルは過熱したオーラの銃身を霧散させ、ふぅ、と息を吐いた。
「……死んだか」
だが、土ぼこりが夜風に流され、その中心が見えたとき。
ハルの眉がピクリと動いた。
そこには、先ほどと全く変わらない姿勢で立ち尽くすキレウスがいた。傷一つ、増えていない。
「……あ? どうなってんだ。今のを食らって無傷かよ」
「無駄だ。我がスキルは『硬化』。この皮膚、この骨、この髪に至るまで、我の意志一つで金剛不壊の盾となる。貴様の放つ、その小癪な光の粒では、我に届くことはない」
「硬化、ね……。じゃあ、これならどうだ!」
ハルは再び巨大な大砲を具現化し、最大出力でぶっ放した。直撃。キレウスの体がわずかに揺らぐが、やはり傷はつかない。
「マジかよ……カッチカチだな」
ハルが苦笑いを浮かべた瞬間、今度はキレウスが動いた。
「次は我の番だぞ、小僧!」
巨大な質量を伴うキレウスの猛攻が始まった。大剣の一振りが空気を切り裂き、真空の刃がハルを襲う。ハルはそれを紙一重で躱しながら、カウンターの銃撃を叩き込むが、キレウスはそれを避けることすらせず、肉体で受け止めて距離を詰めてくる。
「くっ……!」
回避しきれなかったキレウスの拳が、ハルの脇腹に当たる。それだけで、ハルの体は大きくよろめき、呼吸が止まる。
「どうした! 先ほどの威勢はどうした!
こんなものか、貴様の力は!」
「……あー、クソ。うっせえんだよ。ちょっ
と硬いからって、調子に乗るんじゃねえ」
ハルがよろめきながらも立ち上がる。
彼の周囲を漂う赤いオーラが、これまでとは比較にならないほど、濃密に輝き始めた。
「……少し本気で相手してやるよ。お前のその『自慢の皮』……穴だらけにしてやる」
ハルが両手を突き出す。オーラが凝縮され、ハルの両腕を覆うように、一対の、長大な銃身を持つ「長銃」が形作られた。
その銃口が、キレウスの眉間を静かに捉える。
空気そのものが、ハルの怒りに同調して震えていた。
【読者様へのお願い】
お読みいただきありがとうございます。
もし「面白い!」「続きが読みたい」と思っていただけたら
下の評価欄から ★★★★★ やリアクションで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
また、感想などを書いてもらえると、執筆する際に参考にさせてもらえるのでありがたいです!
よろしくお願いいたします!




