18信仰の陥落
「神父さん……答えろ。一体、何が目的でこんなことを! リリィちゃんを、あんなに純粋な子供を……人を爆弾に変えて何が目的なんだッ!」
ハルの絶叫が、静まり返った教会の高い天井に反響した。握りしめた十字架が手のひらに食い込む。
祭壇の前で振り返った神父は、相変わらず穏やかな、しかしどこか仮面のような笑みを浮かべて口を開いた。
「目的、ですか。……私の目的は、国に『波紋』を作ることだよ」
「波紋……だと?」
「一つ、質問をしよう。ハルくん。街を歩いている隣人が、何の前触れもなく次々と爆発していったら、君はどう思うかね?」
神父の問いに、ハルは吐き気を堪えながら絞り出す。
「……そんな質問に、何の意味がある!」
「ふん。まあ、君らしい答えだ」
神父はハルを嘲笑うように鼻で笑った。
「正解は、『恐怖』と『不安』だよ。最初は小さなきっかけでいい。人々は最初こそ他人事だと思って関心を示さない。だが、それが二件、三件と無差別に、理由も分からず起こり続けたらどうなる? 人々は疑心暗鬼に陥る。『次は自分が爆発するのではないか』という不安と、『大事な人が爆発してしまうのではないか』という恐怖。その負の感情が波紋となって広がり、国を揺らす。それが、我々の『準備』を完了させるための肥やしになるのさ」
「準備だと……? 何の話だ!」
「それは秘密だよ」
神父は子供をあやすように人差し指を口に当てた。そのあまりに軽薄で残忍な態度に、ハルの血管が切れそうになる。
「……じゃあ、何であの子を、リリィちゃんを巻き込んだ! あの子はあんたを慕っていたんだぞ!」
「あの子か。……あの子は、私の一つの作品に過ぎない。私の目的を果たすための美しい作品だったよ」
「テメェ……ッ!!」
激昂したハルが、斧を持ち神父に飛びかかろうとした、その瞬間。
「動かないほうがいい。……ハルくん、君が今ここで一歩でも動いたら、孤児院にいる私の『小さな作品たち』を、この場で一斉に起爆させる」
ピタリ、とハルの動きが止まった。
神父は勝ち誇ったように嘲笑う。
「動けませんよねぇ。なにせハルくんは、救いようがないほどに『優しい』のですから。あの子たちの命を天秤にかけてまで、私を殺せはしない」
ハルは拳を震わせ、力なくうつむいた。絶望と悔しさで視界が歪む。
神父はそれを見て、いっそう無敵な笑みを深くした。……だが、次の瞬間だった。
「――よかたっぜ、あんたがクズで!」
ハルが顔を上げた。その片目は、暗い闇の中で不気味に輝く「赤色」に染まっていた。
神父が驚きに目を見開く暇もなかった。
ドォォォォンッ!!
一瞬で距離を詰めたハルの拳が、神父の顔面にめり込んだ。
神父の体は木の葉のように舞い、教会のベンチを数台なぎ倒しながら吹き飛んだ。
「孤児院の子供たちはな、あんたのことを本当の親みたいに慕ってるんだぞ……! あの子たちの笑顔を、あんたのクズみてえな理由に巻き込むんじゃねえよッ!!」
ハルの脳裏に、リリィの震える背中や、孤児院で無邪気に笑う子供たちの顔が浮かび、怒りが爆発する。
床を転がった神父は、口から血を吐きながらも、狂ったように笑い出した。
「ハハハ……やったね。だが、残念だった。……今、私が作品を起爆させた。あの子たちは、リリィと同じように、バラバラの肉片となって吹っ飛ぶよ。君のせいでね!」
神父は嘲笑いながら、その「音」を待った。
一秒、二秒……。
しかし、教会の外からは爆発音など一つも聞こえてこない。夜の静寂は保たれたままだ。
「な……なぜだ? なぜ爆発が起きない……!」
神父が焦ったように叫ぶ。すると、教会の奥の闇から、カツカツと落ち着いた足音が響いてきた。
「残念だったわね。あの子たちなら、もう全員安全な場所に避難させたわ」
現れたのは、ナース服を脱ぎ捨て、本来のトレンチコートを纏ったアイリスだった。
「……どうやった! 起爆は防げないはずだ!」
「簡単よ。うちの従業員に『ゲート』のスキル持ちがいるの。あらかじめ孤児院の内部に門を繋いでもらって、子供たちが寝ている間に一人残らずゲードで移動させたわけ」
「バカな……だが、なぜ爆発しない! 私のスキルは、対象がどこにいようと起動範囲内のはずだぞ!」
「ええ、そうね。だから『スキルの効果そのものが発動できない場所』に連れて行ったのよ」
アイリスは淡々と告げる。
「この国には、重罪人がスキルを発動できないように、特殊な魔石が埋め込まれた檻にいれるわ。その檻の中だけは、外からのスキル干渉も、内部からのスキル発動も一切受け付けない。そこにあの子たちを入れた。……あんたのスキルは、檻の壁に阻まれて届かなかったってわけよ」
「なるほど……頭を使ったな」
神父は忌々しげに顔を歪めたが、すぐにまた冷静さを取り戻した。
「だが、これで勝ったと思うなよ」
「お縄についてもらうわよ、神父」
アイリスが仕込み刀を引き抜いた、その時だった。神父が不意にハルを見つめると、ハルの足元の影がぐにゃりと歪んだ。
「えっ!?」
ハルの足元に突然現れた漆黒のゲート。ハルはそのまま重力に従うように、闇の中へと落ちていく。
「ハル!」
アイリスが助けようと手を伸ばすが、彼女の横からも別のゲートが開き、彼女自身を吸い込もうとする。アイリスは間一髪でそれを躱した。
ハルの姿を飲み込んだゲートが閉じると同時に、教会の入り口に二人の影が立っていた。
「あれれー。一人捕まえ損ねちゃった。さすが探偵、動きが早いなぁ」
陽気でどこか抜けた声を出したのは、金髪を跳ねさせた若い男だった。その隣には、クールで真面目そうな男が立っている。
「まったく……お前が遊び半分でゲートを開くからだ。こういう時こそ確実に仕留めろといつも言っているだろう。だから俺らはいつまで経ってもコンビを組まされるんだよ」
「えー、いいじゃん。一人消せたんだし。あ、自己紹介しなきゃ! 僕はカイト、楽しいことが大好きな『ゲート』使いだよ!」
「……俺はシン。こいつの無能を補うのが仕事だ」
アイリスは二人を冷徹に見据えた。
「……神父一人じゃなかったってわけ」
神父は立ち上がり、服の汚れを払った。
「これで三対一ですね、お嬢さん。君がどれだけ強くても、この状況は覆せな……」
「――誰が一人だって?」
教会の奥、アイリスの背後の暗闇から、カチリと硬質な音が響いた。
歩いてくる人影。その手には、月光を浴びて鈍く光る細身の剣が握られていた。
「遅かったじゃない」
アイリスは冷静につぶやく。
そこに立っていたのは、いつも事務所で震えていた、あの臆病なフィリップだ。だが、その瞳には鋭い闘志が宿り、全身から隙のない殺気が溢れている。
「……遅れてすまない、アイリスさん。ハルは連れて行かれたようだが、心配いらない」
フィリップは不敵な笑みを浮かべ、剣を神父たちに向けた。
「ここからは二対三だ。……ゴミ掃除を始めようか」
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