10変な感じ
白銀のプレートアーマーが、室内の血を跳ね返して眩く輝いた。
突如として現れた騎士の男は、抜剣することなく、まずは室内の無残な状況をその鋭い眼光で一通り掌握した。
「……酷い有様だな。君、怪我はないか? それからそこの夫人と幼子も」
騎士の男の声は、その体躯に似合わずどこか甘く、朗々とした響きを持っていた。ハルは呆然としながらも、小さく頷くことしかできない。騎士はハルの無事を確認すると、視線を鎖で拘束された青年――ルカへと向けた。
その瞬間、騎士の端正な眉が大きく跳ね上がる。
「……驚いたな。まさか、こんな所で、逃亡中の元貴族……ルカ様にお目にかかるとは」
ルカは鎖に繋がれたまま、不思議そうに首を傾げた。
「ん? ……あれ、自己紹介もしてないのに、なんで僕のことを知ってるの? どこかであったこと、あったかなあ」
「知らないんですか? 今、あなたは国際指名手配の最重要人物としてリストに載っているんですよ。直接会ったことがなくても、その不気味な顔は手配書で嫌というほど見ています」
騎士は呆れたように吐き捨てた。ルカは「なるほど、有名税ってやつだね」と、まるで他人事のように納得している。騎士はハルに向き直り、問いかけた。
「君、状況の説明を頼めるかな。何が起きて、何故この狂人がここにいる」
ハルは震える声で、教会の依頼からルカの追跡、そしてこの室内で起きた「救済」と称する殺戮について、一気に説明した。騎士はルカを冷徹に見据えたまま、重々しく頷く。
「なるほど。……ルカ。貴殿の身柄は我らリンドール騎士団が預かる。法廷でその『慈愛』とやらをたっぷりと語るがいい」
「ふふ、邪魔が入っちゃったね」
ルカは騎士の言葉には目もくれず、真っ直ぐにハルを見つめた。
「ハルくん。また今度、ゆっくり聞かせてよ。君が思う命の答えをさ」
「残念だが、お前がこの少年に二度と会うことはない。一生な」
騎士が断言した、その瞬間だった。
チリッ、という極細の金属が擦れるような音が響き、ルカを拘束していた屈強な鎖が、まるで熱したナイフでバターを切るようにバラバラに切断された。
「なっ……! 鋼の鎖を、糸一本で……!?」
騎士が驚愕に目を見開く。ルカは自由になった手でひらひらと手を振った。
「それじゃあハルくん、またね。――続きは、また今度」
ルカは窓を蹴破り、夜の闇へと躍り出た。
「待て! 」
騎士は、すぐさまその後を追って窓の外へ消えていった。
嵐が去ったような静寂の中、ハルは真っ先にリリィの元へ駆け寄った。
リリィは小さな手で十字架のお守りを握りしめ、ガタガタと震えている。
「リリィちゃん……! 大丈夫、もう大丈夫だよ」
ハルはその小さな体を、優しく抱きしめた。温もりを伝えるように、力強く。
動かなくなった父親と、泣き崩れる母親。この地獄にこれ以上あの子をいさせてはいけない。ハルはリリィを抱きかかえ、教会の外へと連れ出した。
外に出ると、そこには見覚えのある一人の少女が立っていた。
清楚な学生服のような衣装に身を包んだ少女。彼女はハルの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。
「あ、あの! 大丈夫ですか!? 怪我とか……血がたくさん付いてますけど、どこか痛むところは……!」
真面目そうな、けれどどこか抜けたような、一生懸命な問いかけ。ハルは「俺は大丈夫だから、この子を見てあげて」と、抱えていたリリィを道端に座らせた。
少女はリリィの首元に走る、糸による鋭い切り傷を見つけると、顔色を変えた。
「ひどい……。今、直しますからね」
少女が震える小さな手に、自らの両手をかざす。
すると、彼女の掌から温かな緑色の光が溢れ出した。ハルが驚きで見つめる中、リリィの傷口は見る間に塞がり、肌が元に戻っていく。
(……治癒のスキル? この人、確かさっき街でぶつかった……)
ハルは思い出した。追いかけっこの途中で突き飛ばしてしまった、あの時の女性だ。
傷が完全に完治すると、張り詰めていた緊張が切れたのか、リリィは眠るようにハルの腕の中で意識を失った。ハルはそれをしっかりと受け止める。
「……あの、さっきはごめんなさい。急いでたとはいえ、投げやりな感じであとにして」
「えっ……。あ、いいえ! そんなこと、気にしないでください。それより、この子の傷はもう大丈夫です。ただ、心の傷までは私には……」
「……ありがとう。助かったよ。でも、どうしてここに?」
少女が何かを言いかけた時、路地の奥から重厚な足音が響いた。
「それはな、そこのお嬢さんが君を追いかけてたら、この家から悲鳴が聞こえて、扉の奥に君と死体が見えて……怖くなって、巡回中の俺に助けを求めたからさ」
戻ってきたのは、先ほどの騎士だった。その顔には、隠しきれない悔しさが滲んでいる。
「ルカは……」
「逃がした。……すまない」
騎士は一度頭を下げると、姿勢を正してハルに向き直った。
「改めて自己紹介を。俺はリンドール騎士団のディルムッド。この街の治安維持を任されている」
「……ベルダン探偵事務所のハルです」
それから、現場は騎士団の仲間たちによって封鎖され、迅速な後処理が始まった。リリィは騎士団の保護下で病院へ運ばれた後、教会へ送り届けるという。母親も精神的なケアが必要だということで、病院へと付き添われていった。
一段落したところで、ディルムッドがハルの肩を叩いた。
「ハル。今回の件、君がいなければリリィ嬢も母親も、間違いなくあの狂人の手にかかっていただろう。よく耐えた。感謝する」
「……でも、結局、父親は救えませんでした。俺が、もっと早く駆けつけていれば」
「……それでも、君が居たからこそ繋がった命がある。それは紛れもない、君が救った命だ」
ディルムッドはそう言い残すと、部下に呼ばれて去っていった。
ハルはふと、少し離れた場所にまだ佇んでいた先ほどの少女に気づき、近づいていった。
「あの、さっきはありがとうございました」
「いえ、本当にお気になさらず……。あ、でも、やっぱり体、どこか変じゃないですか? 避ければ私が直しますけど……」
少女は真剣な顔でハルの体を診ようとして、真面目な顔でこちらを見る。
「本当に大丈夫です。……ところで、さっきの話ですけど。なんで俺を追いかけてきたんですか? 謝らせるため……じゃないですよね」
「それが……自分でもよく分からないんです。あなたとぶつかった時、なんだか、すごく『変な感じ』がして……。それで、あなたにその変な感じの正体を聞きたくて、つい……」
「変な感じ?」
「はい。……えーと、なんというか。心がざわつくというか、懐かしいような、苦しいような……あ、言葉にするとすごく変ですね、私」
少女は困ったように眉を下げた。ハルもどう反応していいか分からず、困ったような顔で彼女を見つめる。
「……あ、自己紹介が遅れました。私の名前はアリスといいます」
「ハルです。……アリス、さん」
二人は少しの間、ぎこちない沈黙を共有した。その後、ハルはアリスに見送られながら、夜のリンドールを歩いて事務所へと戻った。
「……そうか。それは大変な思いをしたね」
事務所の社長室。社長はハルの報告を静かに聞き届け、温かな紅茶を差し出した。
「初仕事がまさかこんな事になるなんて⋯⋯たが、君が無事で本当に良かったよ」
ハルは社長の言葉の温もりを感じながら、紅茶を飲んだ。
救えなかった命。繋ぎ止めた命。
そして、最後に現れた、「変な感じ」を訴える少女、アリス。
窓の外の夜空を見上げながら、ハルは自分の「探偵」としての、初仕事を終えた。
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