第十二話 少しずつの勇気(2)
「……おお、美奈氏、やっと気づいたんだ?」
軽い調子の声に驚いて、わたしは顔を上げる。若葉はにやりと口角を上げて笑っていて、日菜子も目を細めて微笑んでいた。
「えっ。……や、やっと?」
「いやいや。美奈氏のこと見てたら、好きなんだろうなーって気付くから。でも、そっかー、やっと自覚したかー」
若葉はスワークルを吸いながら、にんまりとわたしを眺めていた。えっ。気付かれてたの? 動揺して隣の日菜子に視線を送ると、どこか気まずそうな笑みを浮かべていた。
「あはは……美奈ちゃん、松波さんと仲良くなってから、すっごく楽しそうにしてたから。若葉ちゃんとね、これは絶対好きでしょってたまに話してたんだ」
言葉を失って、呆然と二人のことを見つめてしまう。わたしって、そんなに分かりやすいのかな。まさか、カナデと昼食をとるよう強要したり、文化祭に突然カナデを誘ったり、その他色々――全部、この二人に仕組まれていたものなのだろうか。
「まあ、うちらにはバレバレだったけど……松波奏にはバレてないと思うから、大丈夫だよ。だって松波奏は……なんか鈍そうだもんな」
ははっと笑った若葉を眺めて、身体に溜まった息を吐き出す。一気に緊張が解けてしまい、両手を椅子から投げ出した。背もたれに身体を預けると、心地よい重力に引っ張られ、少しだけ気持ちが軽くなる。
「そっか……。二人とも、気付いてたんだ……」
「ふふっ。美奈ちゃんのことね、若葉ちゃんと一緒に……陰ながら応援してたの」
くすくすと楽しそうに肩を震わせる日菜子を見て、わたしはまた息を吐く。だからこの二人、たまにすごくお節介だったんだなあ。でも、そのおかげでカナデとの距離も縮まったのだから――すごいなと感心してしまった。
「それでさ美奈氏、相談したいことって? 何か続きがあるんでしょ」
「あっ、うん……。ええと、カナデのことが……す、好き、なんだけど……好きっていうのが、まだちょっと分からなくて……恋愛的に好きなのかな? って……」
言いながら、自分が何を言っているのか分からなかった。聞きたいことは、もうはっきりしているはずなのに……。うろたえるわたしを眺めながら、日菜子が静かに頷いた。
「……松波さんのこと、好きだけど恋愛的なのかそうじゃないのか分からないってことで……合ってるかな?」
ぴんと人差し指を立てて、日菜子はゆっくりと言葉を紡ぐ。核心を言い当てられて、心臓が大きく跳ね上がった。怖い。だけどわたしは――知らなきゃいけない。おずおずと頷くと、日菜子が優しく笑ってくれた。
「なるほどねえ~……ラブかライクかってことか。そこらへん、日菜子氏の方が詳しいんじゃないの? そもそもなんで、蒼氏と付き合おうと思ったん?」
「えっ、ええっ? 私? そうだなあ……」
突然話題が飛んできて、日菜子が驚いたような声を上げる。ふわふわの髪を指にくるくると巻き、当時を思い出すように目線を上げた。
「……蒼ちゃんと付き合ったのは、中三の終わりで。最初はこのまま……友達のままでも良いかなって思ってたんだけど、高校が別々でしょ? それで、寂しくて……ずっと一緒にいて欲しいなって思ったから、告白したの」
そう言いながら、日菜子の頬が桃色に染まる。過去を語るその瞳には、きらきらとした光が宿っていた。まるで……日菜子の強さを表してるみたいだな、なんて思う。
「それこそ、好きだなって実感した時は、蒼ちゃんのことを独り占めしたいとか、私が特別になりたいって思っちゃって……それで、恋愛的に好きなのかな? って思い始めたよ。えへへ……なんか恥ずかしいね」
「ほーん。その理論で行くと、松波奏の特別になりたい美奈氏は……松波奏が恋愛的に好きっていうことになるね」
若葉が腕を組みながら、神妙な顔をして頷いた。確かに、蒼に恋をした日菜子みたいに……わたしは他の人には感じない、独占欲をカナデに持っている。やっぱりわたしは、カナデのことが恋愛的に好きなのかな。自分に恋愛経験が無さすぎて、確信が持てないのがもどかしかった。
「うーん……単刀直入に聞くけどさあ。美奈氏は、松波奏とキスしたいって思う?」
「キ……はあ? ええ! な、何言ってるの……!」
若葉が放った想定外の直球な言葉に、心臓が爆発するかと思った。顔が一気に燃え上がるように熱くなり、わたしは慌てて視線を泳がせる。だけど若葉は、意外にも真剣な目をしていた。




