第四十三話 壁打ちの恋文(3)
『気づけば、もう大学三年生になってた。奏は、今どんな日々を過ごしてるのかな? 今日ね、夢に奏が出てきたんだ。夢でも会えると、嬉しくて……でも、目が覚めたら、ちょっと泣いちゃった。どんな夢だったかは……わたしだけの秘密だよ。毎晩、夢の中で会えたらいいのにね。でも、そんなことが続いたら……きっとわたし、目なんて覚ましたくなくなっちゃう。
最近は、周りの子たちが早くも就活モードに入って来て……そろそろなんだなって、なんだか身が引き締まる思いだよ。一応勉強は続けているけど……やっぱり心配。でも、自分を信じて頑張り続けることしかできないよね。
それに、就活が近付いてきたっていうことは……奏が帰ってくる日が、ちょっとずつ近づいているような気がするから。奏が帰ってくるその日を楽しみに、頑張るね。大好きだよ、奏。』
『奏。ねえ、奏は今でも、わたしのことを好きでいてくれてる? ……ごめんね、こんなこと聞いちゃって。でも、ふと、不安になるんだ。
もう二年以上、奏の言葉を聞いてない。返事がないのは、奏の覚悟の表れだって分かってる。奏は、今、毎日どんな日々を過ごしているの? 奏に会いたい。寂しいよ。わたし、奏の恋人のままでいいのかな。わたしの知らない場所で、もしかしたら……なんて、考えちゃって。
ダメだって思うのに……わたし、きっと……就活が近づいてきて、不安になってるんだと思う。奏は自分のことを弱いってずっと言ってたけど、わたしの方が弱いよ。嫌になる。こんなのじゃ、奏の恋人失格だね。
だけど……奏のことが好き。会えなくても、言葉が聞けなくても、わたしは奏のことが好きなまま。だから……まだ、わたしは奏の恋人でありたいよ。
奏の恋人として、相応しいわたしになれるように……わたし、頑張る。頑張るよ。きっと奏だって、アメリカで一人で頑張ってるんだもん。わたしが奏を信じなきゃ、奏もわたしを信じられないよね。ごめんね、奏。
わたしの弱音を聞いても、どうか自分の信念を貫いてね。……返事は、しないで。絶対に。わたしはまた、奏にメッセージを送っちゃうけど……。奏、大好き。これからも、ずっと。』
『奏、東京はもうすっかり桜が満開だよ。やっと大学四年生になれた。あの頃のわたしと比べて、少しは大人になれたのかな。見た目はあんまり変わってないし、性格だって……。
だけど、ようやくここまで来れて、ちょっと安心しているんだ。奏はどうかな。どんな大人になっているんだろう。高校生の頃の面影なんて、なくなるほど立派になってたりしてね。きっと、すごく格好良くなってるんだと思う。
奏が帰ってくる日が近付けば近付くほど、嬉しいのに……それと同じくらい、緊張しちゃう。久しぶりに会ったとき、もし奏に幻滅されたらって……ちょっと怖くなるんだ。……ダメだね。マイナス思考ばっかりで、嫌になっちゃう。奏のこと、信じるって誓ったんだから。
就活が、遂に本格的に始まったよ。みんなリクルートスーツに身を包んで、一生懸命自己PRを考えてる。わたしの公務員試験も、もうすぐ……。一年生の頃から少しずつ準備は始めていたけれど、本当に大丈夫かな。筆記試験で受かっても、面接で落ちちゃうかもしれないし……って、またマイナス思考。だめだめ。しっかりしなきゃ。
高校生の頃、奏はよく言ってくれたよね。“大丈夫、美奈ならできるよ”って。あの言葉、わたしにとってのお守りなの。だから……大丈夫って、信じる。奏も、わたしのことを信じていてね。奏が“大丈夫”って言ってくれたら、わたし、本当に大丈夫な気がするから。大好きだよ、奏。会える日をずっと、楽しみにしてる。』
『奏……! わたし、やったよ。地元の市役所に、就職が決まったの。良かった……本当に、良かった。奏に伝えたわたしの夢への第一歩を、こうして現実にすることができて……すごく、うれしい。音楽に関わる部署に配属されるかは分からないけれど……いつか行けるように、これからも希望を出し続けたいと思う。
あとね、もう一つうれしいお知らせがあるの。ほのかちゃん、地元の国立の看護学部に進学してたでしょう? それで、同じ市役所に保健師として就職が決まったんだって。就職先がほのかちゃんと一緒なんて……本当に心強いよ。
それにね、市役所の職員さんで構成された、小さな音楽サークルもあるんだって。ほのかちゃんと一緒に入ってみようかなって、思ってるんだ。仕事がちゃんと務まるか、不安は尽きないけれど……奏の地元のために、精一杯がんばるよ。
だから……ちゃんと、帰って来てね。わたし、待ってるから。奏、大好き。ずっとずっと、大好きだよ。』
『奏、四回目の春がやって来たね。わたし、無事に大学を卒業したよ。四年間は、あっという間だったような気もするけれど……やっぱり、長かったかな。
奏に会えなくて、すごく、すごく……つらかったよ。奏のこと、応援するって決めたはずなのに……わたし、全然強くなれなくて。何度も何度も、泣いちゃった。奏が帰ってきたら、たくさん甘やかしてもらわないとね。
だけど……奏と離れていたこの四年間。わたしにとって……自分自身のことを見つめ直す、良い機会でもあったと思う。奏に会うまでのわたしって何もなくて……毎日が退屈で、つまらないことばっかりだったんだけど。奏に会ってから、わたしの世界は奏ばっかりに染まっちゃって。高校の三年間は、思い返すと……奏に依存し過ぎてたなって思うんだ。
そんな中で、離れ離れになって……寂しくて、不安でいっぱいだったけど……ちゃんと四年間、自分の生活をすることができたよ。奏が頑張ってるって信じられたから、わたしも前に進もうって思えたの。
やっと……ここまで来れた。どうしよう。毎日、ずっと一方的に奏のことを思ってばかりだったから……奏ってもしかして、わたしが作り出した、想像上の恋人だったりして? ……なんて思っちゃうこともあって。……そんなこと、ないよね?
わたし……奏に会ったら、どうなっちゃうんだろう。嬉しくて、泣くのかな。それとも、緊張し過ぎちゃって、何も言えなくなっちゃうかも。どんなわたしでも、あの頃と同じように笑ってね。
奏に会えるの、もうすぐだって……信じていていい? わたしはずっと、待ってるからね。また桜が咲いたら、一緒に見に行こうね。奏、大好きだよ。』