第四十三話 壁打ちの恋文(2)
『春日美奈がメッセージを削除しました』
『……間違えて、メッセージを送っちゃった。ちょっと誤字があっただけだから、気にしないでね。奏のいない生活にも、だいぶ慣れてきたよ。あんまり嬉しく、ないけどね(笑)。
毎日、自然と奏のことを考えてるよ。奏のことを好きになってから、それはずっと変わらないの。……もう、わたしの習慣みたいなものになっちゃった。でも、たまに思うんだ。奏と一緒に過ごした高校生活は、夢だったんじゃないかって。本当は最初からずっと、わたしはひとりぼっちだったんじゃないかって。……なんてね。
でも、ちゃんと分かってるよ。奏が残してくれたトランペットが手元にあるし、奏がつないでくれた人たちが、わたしの周りにいる。だから、わたしの恋人は、やっぱり奏。それでも、たまに、不安になっちゃう。今からこんなじゃ、だめだよね。わたしは、奏を信じるって決めたんだから。
だから、信じてるよ。弱気なわたしのことを、アメリカから叱ってね。奏、大好きだよ。どうか、夢を叶えてきてね。奏の夢は、わたしの夢でもあるんだから。』
『奏、そちらはどうですか。こっちは、もうすぐ楽団の定期演奏会があるよ。奏と一緒に出たあの舞台が、もう一年前なんて……信じられないな。
わたしは執行部として準備をしているんだけど、思った以上にやることが多くて、ちょっと大変。でも、そのぶん、すごく面白いんだ。演奏会って、こんなふうにいろんな人の協力で成り立ってるんだなあって。今まで知らなかったな。
執行部の仕事をしてる中で、市の職員さんと話す機会もあってね。やっぱり、地元の音楽を支える仕事って、素敵だなって思ったよ。公務員試験の勉強は、正直ちょっと難しいけど……まだ時間はあるし、地道に頑張るつもり。もしダメだったら、そのときは慰めてね。
ほのかちゃんは今でも、変わらずわたしを支えてくれる。よく一緒にトランペットの練習をしてるから、ユズちゃん先輩に「次はほのちーに弟子入り?」って冗談言われたりしてるんだけどね。でも、わたしの師匠は、奏だけだから。ほのかちゃんもそれを分かってるから、大丈夫だよ。
今年はセカンドパートの譜面が多くて、結構難しいけど……奏が帰ってきたとき、「上手くなったね」って言ってもらえるように、頑張ってるよ。それに、奏が教えてくれた吹奏楽の曲もあって、吹いていて奏のことを思い出すの。奏がくれたイヤホンで、毎日通学中に聴いてるよ。
アメリカから、わたしのことを応援してて。わたしも奏のこと、ずっと応援してるからね。今、奏は何してるんだろう。そろそろ授業が始まるのかな。アメリカの大学生活、しかも音大なんて……まったく想像がつかないや。
頑張りすぎちゃ、だめだからね。帰ってきたら、いろんな話を聞かせてね。帰ってくるって、信じてるから。大好きだよ、奏。』
『すっかり冬になってきたね。奏、元気にしてる? アメリカって、日本と比べてどんな気候なんだろう。東京は、街がイルミネーションでキラキラしていて、もう完全にクリスマスの雰囲気だよ。そっちは、もっと派手だったりするのかな? 見てみたいな。
高校生の頃は、ずっと奏と過ごしてきたクリスマスだけど……今年はひとりぼっち。なんて……冗談だから、安心して。若葉ちゃんと冬子ちゃんが、カラオケフリータイムアニソン縛り耐久パーティーに誘ってくれたから、全然さみしくなんてないよ。ついていけるか不安だけど……二人のおかげで覚えた曲も増えてきたし、きっと楽しめると思うんだ。
日菜子ちゃんは相変わらず、蒼さんと仲良くしてるみたい。ずっと一緒にいたいからって、日菜子ちゃん、本気で勉強頑張ってるんだよ。偉いよね。わたしも、ちゃんと見習わなきゃって思った。
それで……実は最近、アルバイトを始めたんだ。なんと、個別指導塾で講師になれたの。こんなわたしだけど生徒を持てるって、不思議だよね。教えるのは難しいけど、そのぶんすごく楽しいよ。生意気なところもあるけど、子どもって可愛い。まだ小さいのに、恋とか愛とか、真剣な顔で語ってきて。びっくりしちゃった。授業中に語りだすのは、やめてほしいんだけどね……。
でも、わたしたちも高校生の頃、本気で愛を語ってたよね。大人には笑われちゃうかもしれないけど、わたしはあのときの気持ち、全部本気だったよ。結婚の約束までしちゃったしね。思い返すと、ほんとに子どもだったなって思う。
でも、あの約束は今でも信じてる。奏なら、叶えてくれるって。わたしのこと、奏のお嫁さんにしてね。……書いてて恥ずかしくなってきたけど、本気だからね。今でもずっと、奏のことが大好きだよ。だからわたし、花嫁修業も頑張ってるんだから! 最近は日菜子ちゃんと一緒に、料理教室に通い始めたんだ。上手くできるか、自信はないけど……ちょっとだけ、期待しててね。』
『奏が旅立って、もう一年になるんだね。あの日の空港の景色、今でもちゃんと覚えてるよ。最近はもう、奏がいない毎日にも慣れてきたけど……それでもふとした瞬間に、会いたくてたまらなくなっちゃうんだ。本当、だめだよね。
最後に会ったのが、一年前なんて……ちょっと信じられないな。奏、わたしのこと……覚えてる? なんてね。アイコンは変わってないし、既読もついてるから……奏の中に、ちゃんとわたしがいるって……信じてるよ。
わたしはもちろん、忘れたりなんかしてないよ。だって、スマホの待ち受け画面は……ずっと奏との卒業式の写真のままだもん。携帯を開くたびに、奏の笑顔に会えるのが嬉しくて。つい見つめちゃう。
それに、指輪も毎日つけてるんだよ。奏と歩いた街並みを一人で歩いたとき、トランペットケースの蓋を開けたとき、空を飛んでいる飛行機を見上げたとき……日常のふとした瞬間に、奏のことばかり思い出す。相当だね……。
わたしは大学二年生になって、学校生活にもだいぶ慣れてきたよ。友達も、みんな優しくていい子だよ。一部の子には、奏のことも話してる。奏に、会ってみたいって言ってた。奏のことだから、会ったらきっとすぐに仲良くなれるよ。
二年生になっても、わたしはあんまり変わらなくて……髪の毛をちょっとだけ染めてみたりしたけれど、全然大人っぽくなれないな。もうすぐ二十歳なのにね。
奏はどうかな。すっごく大人になっていたら、どうしよう。あんまり変わらないでいてほしいなって思うけど、大人な奏も見てみたい。絶対緊張して、どきどきしちゃう。
あと三年……奏に会えるのが、待ちきれない。次、奏に会うときまでに……ちゃんと恋人として胸を張れる自分に、なれてるのかな。不安もあるけど……それでも、信じて進むしかないよね。奏だって、頑張ってるんだから。わたしも、奏を信じて頑張るよ! 奏、大好き。わたしのこと、忘れないでいてね。』
『奏、お誕生日おめでとう。奏もついに、二十歳になったんだね。わたしの方が奏よりちょっとだけ誕生日が早いから、わたしの方が先に二十歳になってたけれど。
これで奏と一緒に、お酒が飲めるようになったんだね! ……なんて言っても、こないだいつもの三人と一緒にお酒を飲んだけど、正直、美味しさはあんまりわからなかったかも。若葉ちゃんはテンションが上がっちゃって、いつもの三倍うるさかったし、日菜子ちゃんは全然顔色も変えずにごくごくと強いお酒を飲んでてびっくりした。冬子ちゃんは……なぜかひたすら泣いてたよ……。
わたしはというと、甘いお酒は美味しいなって思ったけど、ジュースでいいやって感じだったかな。こういうところが、子どもなのかな。奏はお酒、どうなんだろう。実はお酒が入ると、人が変わるタイプだったり? 酔っ払った奏、見てみたいな。わたしも奏の前でだったら、安心してお酒を飲めるかもしれないし。帰ってきたら、二人でお酒を飲んでみようね。ふふ、楽しみ。
それと、こないだ地元で二十歳の集いがあったから、皆で振袖の写真を撮ったよ。ちょっと恥ずかしいけど……一応、写真を送っておくね。見たら、消してよね。
奏はきっと、振袖とかあんまり着たがらないだろうなあ。でもね、奏は美人なんだから……絶対似合うのに。……いつか、奏にウエディングドレスを着てほしいな、なんて、思ったりして。絶対嫌がるの、想像できるけどね……。それでも、一度くらい見てみたいんだ。きっと、すごく綺麗だと思うから。
それに、奏はタキシードも似合いそうだね。絶対格好いいだろうなあ。どっちも、奏に着てもらおう。わたしも、似合うか分からないけど……ふたつとも、着てみようかな。コスプレみたいになっちゃうかもしれないけど、きっと楽しいよ。
奏が帰ってきたら、してもらいたいことがたくさんあるね。それを楽しみに……もうちょっと、頑張るから。だから、奏。奏のこと、ずっと待ってる。大好きだよ。奏の二十歳が、幸せなものになりますように。』