第四十一話 この時間が終わるまで(4)
カナデが連れてきてくれたのは、海を渡る大きな橋を望めるビーチだった。どこまでも澄んだエメラルドグリーンの海の上に、一本の橋がまっすぐに伸びている。
空の青と、海の青。そのあいだを静かに繋ぐように、白い橋は遠く水平線の向こうまで続いていた。まるで、今いる場所と、これから進む未来を結んでくれるようで……わたしはしばらく、何も言えずに立ち尽くした。
太陽の光を受けて、海面がきらきらと光っていた。やわらかな風が髪を揺らして、頬をそっと撫でていく。サンダルのまま白い砂浜に足を踏み出すと、あたたかい砂がじんわりと足先に広がった。その確かな感触に、今が夢じゃないことを思い知らされて……胸が締め付けられる。
この美しい風景の中に、いまカナデと一緒にいる。それだけで、なんだか世界が優しくできている気がした。
「ねえ、ミナ」
後ろにいたカナデがわたしを呼ぶ。振り向くと、ぱしゃりと切られるシャッターの音。わたしは呆れつつも笑ってしまい、自分のスマートフォンを取り出した。わたしもこの一瞬を、自分の手元に収めよう。だけど……携帯の画面を眺めている時間すら、目を離すのが名残惜しかった。
手を繋ぎながら歩いていると、カナデが突然足を止めた。不思議に思って隣を見ると、その目線は砂浜の上に落ちている。視線を追うと、白い砂の上に伸びるわたしたち二人の影とぶつかった。
スマートフォンを持ったままのカナデが距離をぴたりとくっ付けて、並んだ影を撮影した。そのまま画面を操作していたと思ったら、掲げてわたしに見せつけてくる。覗き込むと、カナデのメッセージアプリのアイコンが、わたしたちの影に変わっていた。
「ええっ……? アイコンって……」
「どう? ちょっと、かっこよくない? ……それに、影なら誰にもわからないし……私たちだけの秘密って感じがするでしょ。ふふ」
画面を見て満足げに笑うカナデに、わたしは何も言い返すことができない。カナデ……そんなことして、恥ずかしくないのかな。でも……カナデのアイコンにわたしが確かにいることが、なんだか嬉しくて。砂に落ちた影を見つめたまま、わたしは携帯を握りしめた。
「……それならわたしも、同じアイコンにするから。カナデが帰って来るまで、アイコンは変えない」
ほんの少しだけ指が震えたけれど、それでも迷いはなかった。スマートフォンを操作して、覚悟を込めてボタンを押す。『アイコンを変更しました』の文字とともに、カナデとお揃いの写真が表示された。
わたしはカナデが帰ってくるまでの四年間、誰のものにもならない。わたしはずっと、カナデだけを想い続ける。
変えたばかりのアイコンを見せつけるように差し出すと、カナデは「ミナったら……」と呟くだけで、それ以上は何も言わなかった。カナデの手が頬を撫で、そのままわたしの指先まで滑り落ちる。少しだけ寂しそうな、だけどどこまでも優しい瞳がわたしを見ていて、それだけでもう十分だった。その瞳があるだけで、わたしの心は満たされていく。
島を一周してホテルに戻った頃には、すっかり日が落ちていた。カナデと過ごす、旅の最後の夜。わたしたちは仲良くご飯を食べて、恥ずかしがりながらも一緒にお風呂に入って、ベッドの上で身を寄せ合った。ずっとこのままでいたくて、朝が来るのを拒むように睡魔に耐えていると、夜更かしが得意らしいカナデに笑われた。
「……我慢しないで、もう寝なよ。おやすみ、ミナ。また明日ね」
そう言ってカナデはわたしの額に唇を落とし、温かな身体で包み込む。なめらかな肌の感触に心が次第に蕩けていき、わたしは意識を手放した。
翌朝、目が覚めるとカナデはまだ眠っていて、静かな寝息を立てていた。わたしはその横顔を、朝日が射すまでただ見つめていた。
もうすぐ、ふたりきりの旅が終わる。それでも……わたしたちだけの時間が確かにここにあったことを、わたしは死ぬまで、忘れない。