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第四十話 星空のデュエット(1)

 朝、いつも学校へ行く時間と同じ時間帯に家を出る。ただ、いつもと違うのは、今日は学生鞄ではなくてスーツケースを持っているし、背中に荷物も背負っている。親からは「本当に持っていくの?」なんて言われてしまったけれど、一緒に連れて行きたかったんだから……大荷物でもしょうがない。だって、今日は待ちに待った、ふたりきりの旅行だから。


 がらがらとスーツケースを引っ張って、待ち合わせ場所の駅前ロータリーにたどり着く。空港行きのバス停に、既にカナデの姿があった。その姿を見て、つい口元が緩んでしまう。……やっぱりカナデも、持ってきてた。驚かそうと思って背後に回り込むと、気配に気付いたカナデが振り向いた。


「……ミナ、今、何かしようとしてたでしょ? まったく……」


 呆れたように目を細めながらも、カナデは機嫌良さそうに笑っている。案の定カナデには全部お見通しなんだなあと思いつつ、わたしは誤魔化すように笑顔を向けた。


「全然、驚かそうとなんて思ってなかったよ? ふふ、カナデ、昨日ぶりだね。おはよう」


「本当に? ……まあいいや、おはよう。ミナ、なんか声枯れてない? 大丈夫?」


 カナデの言葉にどきりとし、咳払いを繰り返す。あーと何度か声を出してみるけれど、そんなに言われるほど枯れてるかな。


「んー……気のせいかな。だって昨日のミナ、すごかったもん。あんなにアニソン歌えるようになってるとか、知らなかったよ。若葉と桜木さんと、めちゃめちゃ歌ってたじゃん」


「べ、別にそういうわけじゃ……。だって若葉ちゃんに、アニメ沢山勧められて……夜にまとめて観たりするけれど、結構面白いよ」


 にやにやとわたしを眺めるカナデから視線を逸らしつつ、昨日のことを思い出す。昨日は若葉と日菜子と冬子、そしてカナデと一緒に受験の打ち上げと称してカラオケに行った。わたしの受験が終わった瞬間、若葉は受験後に見て欲しいアニメ作品一覧のリストを送り付けてきた。わたしは仕方なくリスト順に見ているんだけど……きっとこれは、若葉なりの優しさなんだろう。


「ミナ、私が帰ってきたら、すっごいオタクになってるかもしれないね。ふふ、ちょっと見てみたいかも。……それにしても、ミナも大荷物だね……って、あれ?」


 カナデはわたしの背負った荷物に気付き、首を伸ばす。やっと気付いてくれたことが嬉しくて、わたしは見せつけるように背中を向けた。


「……じゃーん! カナデの楽器ケースと色違い。受験が終わった記念に、買っちゃったの」


 肩紐を持って揺れて見せると、金具が楽しそうに音を鳴らす。わたしの覚悟を込めた楽器ケースの重みが、身体に伝わってきた。


 カナデがわたしの隣からいなくなってしまっても、わたしはトランペットを続けていく。色違いの楽器ケースを見るたびに、わたしはカナデを思い出すだろう。もしかしたら、寂しくて泣いてしまうこともあるかもしれないけど……ずっと、傍でカナデを感じていたかった。


「ミナ……」


 カナデは驚いたように目を見開いて、しばらく言葉を失っていた。大きな瞳が朝の爽やかな光の中で揺れていて、ぐっと俯いて唇を噛む。何かを堪えるような表情をして、大きく息を吐き出した。


「……ねえ、ミナ。抱きしめてもいい?」


「……何言ってるの? こんなところで、ダメに決まってるでしょ! ……せめて……ホテルに着いてからにしてよ……」


 カナデの言葉に恥ずかしくなって、咄嗟にわたしは俯いてしまう。まったく、朝から何を言っているんだろう。ホテルに着いてからにして……そう口にしたくせに、心のどこかでは、いま抱きしめてほしいとも思ってしまって……なんて……わたしったら、ばかじゃないの? 身体がぼうっと熱を帯び、気を逸らすようにかぶりを振った。わたし、こんなので今日から大丈夫かな……。


 深呼吸を繰り返しながら横を見ると、カナデはカナデで口元を隠しながら「耐えられるかな……」なんて、恥ずかしい言葉を呟いている。うそでしょ? そんなことを言われてしまうと、わたしだって耐えられる自信が無くなってくる。ふたりきりの旅行を前に、わたしたちは完全に浮かれていた。


「ミナは本当……ずるいよ。楽器持ってきてくれるだけでも嬉しいのに、お揃いのケース買ってるとか……」


「……カナデのことだから、楽器、持ってきてるんじゃないかなと思ったの。持ってきて、正解だったね。ケースは……カナデのを見て、ずっと憧れてて」


 そう言いながら、カナデの背負う黒い楽器ケースに手を伸ばした。プラスチックの冷ややかな感触が掌に伝わって、そっと撫でる。カナデと出会ったときからずっとわたしを惹きつけて、わたしが追い続けていた……思い出の楽器ケース。


「だから……カナデの真似だよ!」


 手を離してもう一度、自分の背中を見せつけた。新品のケースが、朝日を浴びて輝いている。カナデはおずおずとケースに触れ、「ありがとう」と呟いた。


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