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第三十九話 君のための金色の音(2)

「ミナは相変わらず……からかい甲斐があって可愛いよね。でも……少し緊張してるのは、本当なんだ」


 カナデの片手がわたしの右手に添えられて、そっと導かれる。その指は少しだけ湿っぽくて、震えていた。わたしの掌はカナデの胸元に優しく置かれ、指先から感じる脈拍はどちらのものなのか分からなかった。恐る恐る手を広げてワイシャツにぴたりとくっつけると、カナデの声が耳元で響く。


「……ねえ、ミナ。キスしてくれない?」


 甘い言葉が鼓膜で弾けて、身体が跳ね上がる。カナデはわたしの手を胸元に置いたまま、俯いていた。カナデの手が熱くて、わたしの心臓がばくばくと跳ねる。えっ、カナデ……本気なの? 誰かに見られたら……どうするの? わたしはどぎまぎしながら、再度辺りを見回した。ちょうど開場時間になったくらいで、このあたりに来る人は誰もいないだろうけど……。


「……もう……カナデったら……!」


 繋がれていた手を解き、両手でカナデの頬に触れる。十本の指先でカナデの顔を持ち上げると、黒い瞳と目が合った。緊張して、つい口元をきゅっと引き締めてしまう。たぶん、今のわたしはすごく変な顔をしているんだろう。カナデはそんなわたしを笑うことなく、静かに瞼を下ろした。ただわたしを待つその顔が、いつもよりずっと無防備で、可愛くて、どうしようもなくて。おずおずと顔を近付けると、カナデの香りが鼻孔を擽る。耳を澄ますと、どこかで音出しをしている楽器の音が聞こえていた。でも、今ここで響くのは、わたしの鼓動とカナデの熱い息遣いだけ。


 わたしは大切なものに触れるように、そっとカナデに口付けた。唇が触れ合った瞬間、カナデはぴくりと身体を震わせる。そして顔が離れると同時に、「……ミナったら、緊張し過ぎでしょ」と笑い出した。


「だ……だって、しょうがないでしょ……!」


「ありがと。……ミナのお陰で、頑張れそうな気がするよ」


 カナデは手を伸ばし、すっかり照れているわたしの頭上に掌を置いた。頭を撫で、その手は移動して髪を撫で、きっと赤くなっているわたしの頬に添えられる。


「……大好きだよ、ミナ。じゃあ……そろそろ行こうか」


 手が離れ、カナデは身体を動かして立ち上がろうとした。もう開演時間が近いのかと思い、鼓動が少しだけ早くなる。もうすぐ舞台の幕が上がる。カナデと立つ、最後の舞台。大丈夫、わたしなら、できる……。


 咄嗟に伸ばした指先が、カナデのズボンの裾に触れていた。座ったままのわたしを、カナデが静かに見下ろしている。


「ねえ、カナデ。最後に、いつものやつ、やって……? あの、わたしなら、できるよってやつ……」


 大丈夫だって思っていたのに……最後だと思うと、やっぱりわたしはカナデに甘えてしまう。わたしって、本当……だめだなあ。でも、来年は大丈夫。一人でも……わたしはきっと、立ち上がってみせるよ。だから、今年は、許してね。


 立っていたカナデはしゃがみ込んで、わたしと目線を合わす。俯いたわたしを真っ直ぐな瞳で覗き込んで、額を軽くぶつけてくれた。


「……大丈夫、ミナならできるよ。私はずっと信じてる。例え、ミナのそばにいなくても。心はずっと、ミナの隣にいるからね。ずっと、ずっと覚えていて。私のことを、忘れないで」


 そう囁いて、カナデは一瞬だけ口付ける。瞬きする間もなく呆然としているうちに、カナデは再び立ち上がっていた。「……行こう、ミナ」と言って、迷いもなく掌を差し出している。


 何度も何度もわたしを引っ張ってきた、カナデの掌。それが、きっと今日……離れる。


「……うん。カナデ……行こう!」


 光を反射する手を取ると、カナデがわたしを引っ張り上げる。その手に触れた瞬間、わたしの時間が少しだけ止まった気がした。手を繋いだまま抱き合って、わたしは笑ってカナデをステージの方に引っ張った。カナデは頷き、わたしの手を強く握る。


 たとえ今日、手が離れてしまっても。わたしはずっと、ここでカナデを待っているよ。カナデが大切だと言ったこの場所を、ずっとずっと守っていく。……いつかまた、大好きなこの手を、未来で繋ぐために。


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