第三十七話 アドリブの未来(2)
パート内の譜面の割り当ては、カナデと高洲さん、柚希が曲ごとにファーストとセカンドを分担し、まだまだ初心者のわたしと、ジャズが苦手だと言うほのかがサードを中心に担うことになった。高校の吹奏楽部に加えて市民楽団の練習もして、更には受験勉強もこなすほのかのエネルギーに、ただただ感服してしまう。隣に座るほのかは銀色のトランペットを抱えながら考え込むように背中を丸くしていて、大きく息を吸うと同時にしゃんと背筋を伸ばした。
「……私も頑張らなきゃね」
そう呟いたほのかはわたしに向き直り、「美奈ちゃん、よろしくね!」と天使のような笑みを向けてくれる。わたしもほのかに笑いかけ、こちらこそと返した。
今年の定期演奏会も、カナデとパートが分かれてしまった。そもそも、わたしとカナデではレベルが全然違うんだもん、むしろ分かれるのが当たり前だ。わたしの横に、カナデはいない。それに、これから先……カナデはきっと、もっと遠くへ行ってしまう。
わたしはカナデから、そろそろ卒業しなければいけないのかもしれない。だけど……わたしの気持ちはまだ、どこか置き去りのままだった。
「それにしても、美奈ちゃん……もしかして、奏って音大目指してたりするの? あれ、これ本人に聞いた方が良いのかな」
数席先に座るカナデに視線を向けて、ほのかはわたしに問いかけた。カナデは隣に座った柚希と会話をしていて、こちらには気付いていない。聞こえてくる声の端々から、わたしには分からない、専門的な音楽の話をしているみたいだった。わたしは誰よりもカナデのそばにいるはずなのに、カナデとの距離がどんどん離れていくように感じてしまう。
「……カナデ、留学を考えてるみたいで。まだ迷ってるって、言ってたんだけど」
「えっ……」
言葉を受けたほのかは目を丸くして口元を隠し、喉を詰まらせる。そして、唖然としたような表情で「そんな……」と呟いた。しばらく言葉を失って、揺れる瞳でわたしを見る。
「美奈ちゃん……。美奈ちゃんは、大丈夫……?」
「……もちろん。わたしはカナデの恋人だから、カナデのことを、応援してる」
寂しそうな顔をしたほのかの澄んだ瞳からは、今にも涙が落ちそうだった。何かを言おうとしてぐっと堪えて、ほのかは俯く。きっと、ほのかも分かっている。カナデのことを、応援する以外の選択肢がないことを。ほのかは息を小さく吐き出して、不格好な笑顔で笑いかけた。
「……美奈ちゃん。私は……地元に残るつもりだから。だから……私で良ければ、ずっと美奈ちゃんのそばにいるよ。一緒に楽器練習したり、たくさん遊びに行ったりしよう? 奏のいない間にさ、もっと仲良くなっちゃおうよ」
こそこそと耳打ちをしてきたほのかについ吹き出してしまって、わたしは笑う。声を潜めていたほのかも悪戯っぽく笑い、わたしたちは二人で肩を震わせていた。
「お、奏っちよ。美奈ちーとほのちーが、なんか楽しそうなことやってるぞー」
「本当だ……ミナもほのかも、何やってんの」
顔を上げると、遠くから湿っぽい視線をわたしに向けているカナデと目が合った。カナデのどこかむくれたような表情が可愛くて、また笑ってしまう。
「ふふっ、奏には内緒。ねー、美奈ちゃん?」
「えっ、ほのかちゃんったら……そうだね。カナデには秘密」
ほのかと顔を見合わせて笑い合うと、カナデの眉がひそめられる。「二人とも、後で覚えといてよ」とカナデは呟き、不機嫌そうな表情のまま楽器を構えて息を入れた。