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第三十六話 傍観者の道化師(1)

 夕方、窓から見える繁華街の人混みを眺めながら、汐見若葉はチーズバーガーを貪り食っていた。薄いパンに挟まれた、ジャンキーな牛肉が口いっぱいに広がる。塩気と脂と、ちょっとした背徳感。それが癖になるんだよな。たまんねえー。一つ食べ終え、包み紙をぐしゃぐしゃに丸めて二つ目のバーガーに手を伸ばす。窓の向こう側はもうすっかり日が落ちていて、ネオンの海の中を沢山の人が行き交っている。居酒屋のキャッチ、疲れた顔の大人、笑い合っている学生の群れ、同い年くらいのませたカップル。


「……そんなに良いもんかね、恋愛って」


 ぽつりと呟き、今度はフライドポテトを数本掴んで口に入れる。テーブルの上に置いたままのスマートフォンの画面には、書きかけの恋愛小説が表示されていた。


「……ごめん、若葉。お待たせ」


 降って来た声に顔を上げると、おそらくカフェラテが入っているであろう耐熱紙コップを持った松波奏と目が合った。シンプルな黒っぽいコートを着こなして、よく背負っている楽器ケースを今日も背中に乗せている。「いんやー」と声を上げ、若葉は隣の椅子をとんと叩く。


「急に呼び出しちゃって、悪いねー。松波奏、予定大丈夫だったー?」


「いや、ちょうどレッスンが終わったところだし……むしろ今日で助かったよ。明日から、しばらく不在にする予定だったから」


「ふーん? どっか行くのー?」


 Lサイズのシェイクに刺したストローを口に咥えながら、若葉は隣に座った奏を眺め見る。なんていうか、松波奏の顔ってシュッとしてるよな。美奈氏が惚れたのも、日菜子氏が格好いいというのも、この凛々しい顔のせいなのだろうか。こういうの、文字でどう表現するんだろう。シャープな顔立ちって言うのか? なんてことを、頭の片隅で考えた。


「……ちょっとね。アメリカまで行く予定なんだ」


「ひえー。年末年始を海外で過ごすとか、セレブかよ。美奈氏のぶんのついでに、私にもお土産買ってきてよ」


 シェイクを吸い込むのを止めておどけて言うと、奏と視線が交わった。どうやら、恋人の名前に反応したらしい。奏は表情を変えないまま、「いいけど。そういえば、今日ミナと遊んでたんじゃないの?」と問いかけた。


「さすが恋人なだけあって、よく知ってるねん。そだよー。美奈氏から、突然カラオケに行きたいって連絡が来たからビビったわ。楽しかったよー。美奈氏はこの後、塾に自習しに行くって言ってたけどね」


 若葉の言葉を受けた奏は「え?」と目を丸くして、口を噤んだ。口元に片手を持っていき、考え込むような仕草をする。奏の薬指に、美奈の薬指にはまっていた指輪と色違いの指輪があることを、若葉は見逃さなかった。へえー、ペアリング。なるほどね。口元が緩くなったことに気付かれないよう、再びシェイクを手に持った。


「……ミナが、カラオケ。珍しいね」


「だろー? うちらも意外過ぎてビックリしたわ。美奈氏、すごかったよ。動画見る?」


 スマートフォンを手に取って、隠し撮りをした動画の再生ボタンを押す。奏は興味津々というように若葉に詰め寄り、画面を覗き込んだ。そこには薄暗い部屋の中、ミラーボールに照らされてマイクを持つ美奈の姿が映っている。少しだけボリュームを上げると、涙声ながらも力強い歌声が聞こえてきた。奏は驚いたように息を呑み、「この歌……」と呟く。


「何? この歌も松波奏が教えたの? 美奈氏って結構歌上手いんだねー、初めて知ったわ。ていうか、マイク持つと人変わるタイプなんかね。意外性があって可愛いけど」


「……ねえ、若葉。この動画、私に送ってくれない?」


 あまりに真剣な声で奏が言うものだから、若葉はつい吹き出した。動画を停止して、考え込む。共有したら絶対怒られるだろうなあ、ていうか、こっそり撮っていたこと自体、バレたらヤバい。普段は穏やかな美奈だからこそ、怒ったら一体どうなるのか。若葉には見当がつかなかった。


「……松波奏が、フルーリー奢ってくれたら考えてもいい」


「分かった、買ってくる」


 奏は即座に席を立ち、そそくさとカウンターに向かって行った。うわあー、マジかよー、冗談だったのにー。美奈氏、ごめん! 心の中で謝罪して、若葉は一つ息を吐く。


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