第三十四話 指輪の涙(2)
電車に揺られて、地元から少し離れたショッピングモールにやって来た。テーマパークのすぐ近くだからか、辺りは賑やかな喧騒に満ちていた。今日が冬休み中の平日なこともあり、わたしたちと同じような年代の学生の姿が目立っている。駅前はクリスマスの煌びやかな装飾が施されていて、それだけで少しだけ、ふわふわとした非日常感に包まれてしまう。
二人で大きなツリーを見上げて、すごいねと声を上げる。手を解いて近くに寄っていき、振り返ったと同時にカナデがスマートフォンのシャッターを切った。
「やっ、やだ! いつの間にカメラなんて……」
「いいじゃん、ミナが可愛くて。もう少し撮らせてよ」
つい顔をしかめると、またシャッターが切られた。写真はあまり得意じゃないから、やめて欲しいんだけど……。撮るにしても、顔が盛れるフィルターを付けて欲しい。そんなわたしの気持ちなんて知らないカナデは、スマートフォンを掲げたままパシャパシャとわたしを撮り続ける。
「ちょっと、撮り過ぎじゃない? 恥ずかしいからやめてよ……」
「大丈夫、どんなミナでも可愛いよ」
「……何言ってるの? カナデのバカ」
わたしも負けじとスマートフォンを取り出して、カナデに向かってレンズを向けた。気付いたカナデはにこやかに笑って、素直にぱしゃりと写真に納まる。元の顔が良いからか、写真写りも抜群に良い。そんなカナデが羨ましいなと思いつつ、シャッターを押し続けた。
「ミナ、それ連写じゃん……そんなに撮ってどうすんの」
「カナデばっかり撮るから、仕返し」
二人してスマートフォンを掲げて、お互いに写真を撮って笑い合う。まったく、何をやっているんだか。わたしの写真フォルダは似たようなカナデの写真でいっぱいになってしまったけれど、どれも捨てることなんてできるわけない。全部、大切な思い出だ。
ツリーを通り過ぎて、事前に調べておいたカフェに足を運ぶ。ハワイアンテイストの店内で、わたしとカナデはそれぞれ不思議な名前のジュースと、パンケーキを注文した。
運ばれてきたドリンクには花が刺さっていて、カナデのものはハワイの海を思わせるエメラルドグリーンが美しかった。わたしのものは、何だか白っぽい。一口飲んで、なるほどと思いカナデにグラスを寄せる。カナデも同様に、わたしにグラスを寄せてきた。カナデが飲んでいたストローに口を付け、そっと吸い上げる。
「……あっ、カナデのも美味しい。爽やかな味がする」
「でしょ。ミナのも意外と……甘くて飲みやすいね」
感想を言い合って、グラスを戻した。最近はもう全てをシェアするのが当たり前になっていて、いちいち間接キスなんて……気にすることはなくなった。と言いつつもストローの先端を少しだけ見つめてしまって、それを誤魔化すように口に含んだ。甘い液体が、どんどん身体を満たしていく。こんなにも満たされていて、わたし、大丈夫かな。そう思っているとパンケーキが運ばれてきて、またもや甘さに溺れてしまう。
「はい、ミナ。あーん」
早速自分のチョコバナナパンケーキを切ったカナデが、恥ずかしげもなくフォークを突き出していた。あーんって、わたしが? ええ……? 辺りを見回すと、店内の客は誰もわたしたちを気には留めていない。当たり前だ。でも……。
「もう……カナデったら……」
こんなの、恥ずかしいに決まってるのに。だけど、カナデの手に乗ったフォークを拒めるはずがなくて……。
目を伏せて口を開けると、唇の隙間からチョコレートの染みた生地がそっと入ってくる。甘くて、幸せで、ちょっと恥ずかしい。咀嚼しながらカナデを見ると、満足げに笑って二口目を差し出していた。まだやるの? でも、わたしは嫌だと言うことはできない。
むしろ、本当に情けないけれど……甘やかされて、死んでしまうほど嬉しいんだ。ずっとこの甘さに、身を委ねてしまいたいと思ってしまうほどに。
周囲のざわめきや笑い声、カフェのBGMすらも、今のわたしたちには届かない。まるでこの世界に、カナデとわたしのふたりしかいないみたいだった。