表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/192

第三十三話 彼女の秘密(1)

 その日は大学の午後の講義が珍しく休講になったので、律は自室のベッドで昼寝をしていた。医学部二年生になって、授業が一気にハードになってきた。今までは何とか無難にこなせてきたけれど、やっぱり医学部って大変だ。中学から続けてきたギター。先日、家に防音室も導入して、バンドのメンバーとも上手くやっている。だけど──。授業とバイトに忙殺されて、この後実習なんて入ってきたら……とても今のペースでは、ギターを続けられないだろう。まあ、趣味の延長みたいな感じだったし……しょうがないか。


 なんてことを、目を瞑りながらぼんやりと考える。すると下から、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。どうやら奏が帰ってきたみたいだった。アイツ、今日はまっすぐ帰って来たんだな。


 奏……高校二年生も折り返し地点を過ぎたけど、進路はどうするんだろうか。両親や律の後を追って医学部を志望しているみたいだけど、両親も律も奏にその進路を望んでいるわけじゃない。むしろ、奏には自分のやりたいことを貫いて欲しいと思っている。跡取りとか、そんなこと気にしなくていいんだぜ。うちはそんな大そうな医者の家系じゃないし、万が一跡を継げと言われたら、お兄ちゃんがなんとかしてやる。それに、お前が何かを心からやりたいと思えるなら、兄として、全力で応援してやりたい。奏は音大を志望するのかと思っていたが、思うところがあるみたいで……思春期の女の子は難しいな。


 それに、この間母親が言っていて、奏自身から聞いたわけではないけれど……お前、あの話って本当なのか? 挑戦すると言うのなら……医学部なんか言ってないで、もっと他にやることがあるんじゃないのか。……でもお前、全部を捨てて、四年間を貫く覚悟、あんの?


「……ちょっと聞いてみっか」


 律はベッドから身体を起こし、部屋のドアを開ける。隣の部屋を覗いてみると姿はなく、どうやら奏はリビングにいるようだった。階段を下り、玄関をちらりと見る。奏の放り投げられたスニーカーの横に、丁寧に並べられた見慣れない茶色のローファーが置いてあった。


 誰か来ている。と言っても、奏が呼ぶような友達は大体見当がつく。おそらく美奈ちゃんが来てるんだろう。美奈ちゃんと仲良くなってから、奏は明るくなった。最初の頃は美奈ちゃんのことを無理矢理巻き込んで、色々と引っ張り回しているんじゃないかと心配していたけれど……律の想像以上に、あの二人は仲良くやっているみたいだった。それに、最近の奏はスマートフォンをよく手に持っていて、気持ち悪い笑みを浮かべている。突っ込んだら絶対に怒られるから言わないけれど、お前、相当ヤバいぜ。


「ふふっ……やだ、カナデってば、ほっぺ触るのやめてよ。くすぐったい。ねえ、防音室見せてくれるんじゃなかったの?」


「そうだけどさ……ミナが可愛くて。もう少しだけ。だめ?」


 リビングの扉の向こうからは、二人のこんな声が聞こえてきた。何だよこの、歯が浮くような会話。律は驚いて、つい息を呑む。いや、美奈ちゃんの話し方はいつもと変わらないのかもしれないけれど、奏。おい。お前……何その声? 初めて聞く、甘く蕩けたような妹の声に、息が止まる。怖いもの見たさで扉のガラスに顔を近付けてみると、奏がソファーに寝っ転がりながら、座っている美奈ちゃんの膝に頭を置いて髪の毛を撫でていた。美奈ちゃんは困ったような顔をしながらも、奏の掌に頬を寄せている。何してんの? なぜか分からないけれど、一瞬だけ背筋がすっと冷たくなる。


「おいおい……マジかよ」


 息を止めたまま、奏の姿を凝視する。あの生意気な奏が、人前でこんなに気を抜いて、しかも、膝枕って。つい笑いそうになったけれど、必死で堪えた。美奈ちゃんに頭を撫でられている姿は、すっかり牙を抜かれたようにだらしない。しかも、なんだ? あの二人の独特の雰囲気は。女の子同士の友達って、あんなに距離が近いものなのか?


「ねえ、ミナ……好きだよ。本当に、大好き」


 今まで聞いたことのないほどに優しい奏の声と、囁かれた言葉に耳を疑う。奏は美奈ちゃんの首元に両手を持っていき、自分の顔を近付けた。美奈ちゃんの髪の毛に隠れて、はっきりとは見えなかった。だけど、たぶん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ