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第三十二話 未来への一歩(2)

 ホームルームが終わると同時に、志望校の欄が空白のままの進路調査票を新町先生にそっと渡した。カナデは先ほどの話通り、お兄さんの通う大学の名前を書いて提出したみたいだった。わたしもカナデくらい頭が良かったら、一緒の大学に行けたのかな。仮に別の学部でも……わたしの学力で今から国立大学の現役合格を目指すのは、無理だろう。


「ミナ、すっごい浮かない顔してるけど大丈夫?」


 楽器ケースを背負ったカナデが、わたしの顔を覗き込む。わたしは苦笑して、自分の楽器ケースを手に取った。今からこんなに落ち込んでちゃだめ、カナデと過ごせるこの時間を大切にしなきゃと思うのに、心が晴れない。カナデと一緒にいられる時間すら、不安にかき消されそうだった。


「……ミナ。これからもずっと一緒にいるって約束したでしょ。全くもう……」


 溜息交じりの声が耳元で響いて、「後で甘やかしてあげるから、そんな顔しないでよ」と囁かれる。身体がぼっと熱を持ち、慌てて身を引くと口角を上げたカナデと目が合った。一体何するつもりなの? とその身体を叩いてしまう。カナデは楽しそうに笑って、教室の扉に向かって歩き出した。わたしも眉をひそめつつ、その背中を追っていく。カナデのこんな一言で、簡単に嬉しくなっちゃうんだから……わたしって本当……ちょろいというか、なんというか。


「おっ、美奈氏と松波奏……ちょーどいいところに」


 頬を引き締めながら廊下を出ると、リュックを背負った若葉が突っ立っていた。わたしたちを見るなり、にこにこと嬉しそうに近づいてくる。真ん丸な瞳をぐっと近づけて、一枚のチラシを掲げてきた。


「オーキャン行かない? オーキャン。学食が美味しいらしいんだよね」


「……えっ。オー……キャン?」


 困惑しながら若葉が差し出したチラシを見ると、都内にある有名大学のオープンキャンパスに関する内容が記載されていた。なるほど、これがオーキャン。カナデと一緒にまじまじと眺めて、へえーと声を上げてしまう。


「柊氏と日菜子氏と行く予定なんだけど、美奈氏と松波奏もどう? まあ松波奏は……偏差値的に、この大学はちょっと物足りないかもしれないけどさ」


 はっはっはと笑う若葉を見つつ、カナデと顔を見合わせる。カナデはチラシを見て考え込んでいたけれど、あっと思い出したように声を上げた。


「……その日はレッスンがあった。せっかく誘ってくれたのに、ごめん」


「おー、それは残念だ。まあそれならしょうがないねん。美奈氏はどう?」


 若葉に聞かれて、チラシを見つめながら考える。わたしは忙しいカナデと違って何の予定もないけれど……カナデは一緒に行ってくれないのかと思うと、気持ちが揺れてしまった。


「ミナ、行っておいでよ。それでさ、後で私に感想教えてくれない? オープンキャンパスって、ちょっと興味あるな」


 カナデがそう言ったと同時に、背中に手が添えられる。その手は、まるでわたしに一歩を踏み出せと言っているみたいだった。カナデの顔を見て、おずおずと頷く。そんな様子を見ていた若葉は満足したように、「美奈氏、じゃあ詳細はまた連絡するねん。よろしくー」とわたしの手にチラシを押し付けた。そして片手をぶんぶんと振って、軽い足取りで廊下を走り去っていく。


「……オー、キャン」


 手元のチラシに視線を移し、呟く。華やかなチラシの裏面には、楽しそうなイベントがたくさん記載されていた。モデルの大学生たちが、にこやかに手を振ってわたしのことを招いている。……このチラシのどこかに、わたしの進む道も書いてあればいいのに。そう思いながら、わたしはチラシに描かれた地図を見つめた。



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