第三十一話 君となら(4)
「ねえ、カナデ……本当に、わたしで良かったの?」
西日に染まるあぜ道を、カナデの手を取りながら歩く。湿気を帯びた風が頬を撫でて、吸い込むたびに胸が少しだけ詰まっていく。カナデは一瞬だけ立ち止まりそうになったようにも見えたけれど、「何言ってんの」と、わたしの手を軽く引っ張った。
ずっとわたしが、カナデと付き合う前から考えていたこと。付き合い始めて、カナデも何も言わないし、毎日が幸せで、目を背けていたけれど……心の中では、引っかかり続けていたこと。カナデを信じていないわけじゃないけれど、やっぱりどこか不安なままで。わたしは小さく息を吐いて、首を傾げているカナデを静かに見据えた。
「……カナデは女の子で、わたしもそう。カナデは元々、女の子が好きってわけじゃないのに……わたしのことを選んでくれて。それがすごく嬉しいんだけど、でも……」
気まずくなって俯くと、カナデが足を止めた。田んぼを満たす水が、オレンジ色の光を受けてきらきらと輝いている。稲穂が夕方の風にそよいで、どこか秋の気配を感じさせた。カナデの黒い瞳が夕日の中で揺れていて、わたしをじっと見つめている。
「ミナ……。ミナは、女の子を好きになるタイプなの?」
「えっ。……そんなの分かんない。だって、カナデが初恋だもん」
カナデは手を引いたまま、そっかと呟く。わたしたちは俯いて、繋いだままの手を眺めていた。カナデの手を取って、このままずっと、どこまでも一緒に歩いて行きたいと思っている。それは、心からの本心だ。だけど……わたしたちは、どこまでいっても女の子同士。わたしがどんなに頑張っても、その事実だけは変えられない。
「……ミナは、怖い?」
手が勢いよく引っ張られて、足元がふらつく。そんなわたしを、カナデは優しく抱きかかえた。顔を上げると、真面目な顔をしたカナデと目線が合う。
「私はさ、ミナだから好きになったんだよ。ミナの性別は関係ない。確かに、ミナが不安になる気持ちは分かるよ。同性と付き合うのは少数派だし、世間の目だってきっと良いとは言えないんだろうね。私はそういうの、あんまり気にしないタイプだけど。でもさ……それでも。ミナが気になる世間の目も、不安も、全部一緒に抱えていこうよ。私……ずっとミナの隣にいるから。ミナのこと、もう離さないって決めたから」
繋いだ手に、ぐっと力が込められる。カナデの瞳に見つめられたまま、わたしはもう一度、自分の手元に目線を落とした。細くてしなやかだけど、どこまでも力強い、カナデの掌。わたしをいつも引っ張ってくれる、優しい手。
今まで一人で抱え込んできたことを、カナデと一緒に、抱えていってもいいのかな。もう怖くないと言ったら嘘になる。これからもきっと、たくさん戸惑って、迷うこともあるだろう。でも、それでも。この掌を、わたしは……ずっとずっと信じたい。視線を上げて、沈んでいく太陽に照らされたカナデを、見る。
「……カナデ、ありがとう。変なこと言っちゃってごめんね。……わたし、カナデを好きになってから、不安で……普通の人生から外れるのが、怖かったの。でも……やっぱり、カナデのことが好き。大好きなの。誰に何を言われても、カナデと一緒に歩きたい。だからね、カナデ……」
空いたままの片手を、カナデの背中に回す。瞼を下ろし、無防備だった唇に、一瞬だけ口付けた。
「……ずっと、わたしと一緒にいて。悲しいことがあっても、迷っても、きっとカナデとなら大丈夫。だから、お願い……隣にいて」
顔を離して笑いかけると、カナデはぱちぱちと瞬きを繰り返し、頬を赤く染めていた。そして静かに息を吐いて、気の抜けたような笑顔を見せる。
「……そんなの、当たり前じゃん」
カナデの手が、もう一度ぎゅっと握り返してくれる。あぜ道に並ぶ二つの影が、ゆっくり夕陽に溶けていく。この道の先がどんな景色でも——わたしたちなら、大丈夫。そう信じて、わたしたちはもう一度、どちらともなく瞼を下ろした。