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第三十一話 君となら(1)

 日曜日、主要駅の時計の下に行くと、既にカナデの姿があった。待ち合わせ時間より、だいぶ早く来たつもりだったのに。心臓がどきどきと高鳴っていて、鞄を持つ手に力を入れる。俯いて、自分の姿をひと通り確認した。今日のために買った、白いワンピース。ちょっと乙女趣味すぎるかな? と不安になりながら、息を吸い込んでカナデのもとに駆けだした。


「……カナデ、お待たせ!」


「あれ、ミナ。早くない? まだ約束の時間の十分以上前だけど」


 カナデは耳に刺さっていたイヤホンを抜き取って、わたしに笑いかける。その笑顔に、性懲りもなくわたしはきゅんとしてしまう。いつかこの笑顔に慣れる日は来るのかな……なんて思いながら、カナデの手に触れた。


「それを言ったら、カナデの方が早いでしょ? いつから居たの?」


「えっ。いつから居たんだろう。なんかミナに会うの、待ちきれなくてさ」


 照れくさそうに頬を掻く姿に、またもやわたしは撃ち抜かれる。カナデはいつもこうやって、人をたぶらかすようなことばかり言うのだから……本当にずるいと思う。天性の人たらしなんじゃないだろうか。視線を外したわたしを笑って、カナデは指を絡ませた。


「ずっと定演の練習で忙しかったし、今日は付き合って初めてのデートだから。それにしても、今日のミナ……すごく可愛い。……ほんと、ずるいくらいだよ」


「……何言ってるの? からかわないでよ……」


 耳元に落ちた言葉が、胸の奥で小さく弾ける。それだけで、火がついたみたいに顔が熱くなった。これはもう確信犯。わたしの反応を見て楽しんでいるのが、手に取るように分かってしまう。でも、そんな風に言われるのが、ちょっとだけ嬉しかったりもしてしまって……。そんな自分に気づいて、余計に顔が熱くなった。片手で顔を隠すと、いつも通り笑い飛ばされる。


「あはは! ごめんごめん。相変わらず、ミナはからかうと良い反応するよね……でも本当に、可愛いよ」


「もう、カナデのバカ……」


 涙目になって、わたしはカナデの全身を観察する。今日も飾り気のない服装だけど、それが逆にカナデの魅力を引き立てている。正直すっごくカッコイイ。カナデも素敵だよと言ってやろうかと思ったけれど、恥ずかしすぎて言葉は喉元で止まってしまった。


「ははっ、じゃあ行こうか。ミナ、ICカード持ってきてくれた?」


「持ってきたけど、どこに行くの?」


 カナデは優しく微笑み、何も言わずにわたしの手を引いて改札に向かう。一度手を離して改札機にカードをタッチして、再び並んでカナデの手を取った。そのままカナデは立ち止まって、駅の電光掲示板を眺めていた。


「……どうしようかな。じゃあ……三番線にしようかな」


 顎に手を添えて独り言を呟いていたと思ったら、わたしを引っ張ってホームに下るエスカレーターに進んでいく。えっ、三番線? 電車が向かう方面の表示を見て、戸惑う。……カナデ、本当にどこに連れていくつもり? 疑問に思いながら背中を追って、ちょうどホームに止まっていた電車に乗り込んだ。


「ねえ、カナデ……」


 人も疎らな電車の中、カナデは空いていたボックス席に腰掛ける。隣の席をぽんぽんと叩いて、横に来るよう促した。眉をひそめたまま席に座ると、発車時刻になったのか電車の扉が閉められる。カナデは背もたれに身体を預け、リラックスした表情でわたしを見ていた。


「カナデってば……どこに行くの?」


「気になる? それは……実は決めてないんだ」


 驚いたのも束の間で、その気まぐれな顔を見て、思わず笑ってしまった。なんだかちょっと、カナデらしい。カナデの背中越しに流れていく風景は、次第に都会の輪郭を失って、緑の濃さと空の青さが増していく。まるでカナデの言葉と一緒に、知らない世界へ運ばれていくみたいだった。


「学校をサボった日に……たまにこうやって、一人で適当な電車に乗ってたんだ。全然知らない駅で降りて、知らない街を歩いて、なんかいい場所があったら楽器吹いてみたりして。今はミナがいてくれるから、もうやらなくなったけど……ふと、思い出したんだよね。だから、今度はミナとやってみようかなと思ってさ」


 カナデの頭が肩に乗る。ちくちくとした髪の毛の感触を感じながら、繋いでいた手にもう片方の手を添えた。カナデがそんなことをしていたなんて、全然知らなかったな。昔のカナデはどんな思いで、一人電車に乗っていたんだろう。


「初デートがこんなでごめん……もっとロマンチックな場所の方が良かった?」


 苦笑したカナデに、頭を振って否定する。あまりにも必死だったのか、カナデが息を吹き出して小さく笑った。そのまま片手が髪を撫で、わたしはそれに身を委ねる。


「ううん……わたし、もっとカナデのことが知りたいな。こうやって連れてきてもらえて、すごく嬉しい。ありがとう」


 地元の街が、通り過ぎていく。この電車がどこに向かっているのか、何も分かっていなかった。でも、カナデと一緒だから。手をぎゅっと握りしめると、カナデの片手が頬を撫でた。


「私を知っても、何も楽しくないと思うけど……私も、ミナに知って欲しいと思ってるよ。それに、ミナのことも……もっと沢山教えて欲しい」


 電車は住宅街を抜けて、畑を抜けて、森の中を進んでいく。少し電車に乗っただけで、こんなに景色が変わっていくなんて……同じ県とは思えないな。車内は少しずつ静寂に包まれていって、残されたのは、電車のリズムとわたしたちの息づかい、そして時おりきしむレールの音だけ。


 流れていく景色の中で、カナデとわたしの時間だけが、まるで取り残されたみたいだった。手を繋いだままお互いのことを語り合って、時折もう片方の手が髪に触れて、顔を見合わせて笑い合う。カナデはもっとロマンチックな場所の方が良かったかと言っていたけれど、わたしにとっては十分だった。どんな景色も、カナデと一緒なら特別になる。二人でいられるなら、どんな場所だってロマンチックだ。


 トンネルを抜けて、知らない街の港が見えた。物珍しくて声を上げると、カナデは静かに微笑んだ。


「この辺、いいよね。景色が綺麗で。ミナと一緒に見れて良かった」


 港には、小さな漁船が浮かんでいた。山林の中に民家が点在していて、太陽を反射した水面が輝いている。いつかのカナデが、一人で見ていたこの景色。それをわたしにも分けてくれたことが、何よりも嬉しかった。


 どこなのかも分からない終点駅で電車を降り、反対側に止まっていた電車に乗り込んだ。他の乗客は誰もいなくて、車内は貸し切り状態だった。


「ねえ、カナデ……誰もいないよ! わたしたちだけ!」


 がらんとした車内のボックス席に座りながら調子に乗って抱き着くと、困った顔をしたカナデが身体を撫でた。「そんなに楽しい?」と呆れられ、頭に触れる。優しい掌に満足して、身体を預けた。


「ミナってさ、たまに大胆な時あるよね……別にいいんだけど」


 片手でスマートフォンを弄っていたカナデが、息を吐いて画面を見せてきた。表示された地図を見ると、今いる場所は半島のほぼ先端だった。こんなに遠くに来ていたなんて。全然気付かなかったことに驚くと、カナデが地図をズームさせる。


「もう少し乗って行ったら、また海に出るみたいなんだけど……降りてみない?」


 カナデが指定した駅は、少し歩くと浜辺があるようだった。聞いたことないし、何て読むかも分からない駅だったけど……ちょっとだけわくわくして、その提案に頷いた。


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