第二十八話 繋いだ手の未来(3)
二人きりの静かな部屋。手を伸ばせば、いつだってその身体に触れられる。額をくっつけながら、どちらともなく手を伸ばしてお互いに抱きしめ合う。夜の薄明かりの中で、カナデの黒い瞳が闇に溶け、静かに笑っていた。
「……ふふ、なんか恥ずかしいね」
カナデの笑い声が、わたしの身体を優しく擽る。むずがゆくて身を悶えさすと、笑い声がまた、耳元でこぼれた。
「ミナったら、さっきから顔が……めちゃめちゃ緊張してるじゃん」
「だ、だって……。そういうカナデは……」
俯きながらカナデの表情を確認すると、ふいと視線が外された。あれっと思い、その頬に手を伸ばす。
「ちょっと、やめてよ。そんなに見ないで。恥ずかしくて、死にそうだ……」
触れた頬は発火しているのではないかと思うほど、熱くて。掌がじんじんと熱を持った。きっと今電気を付けたら、その顔は赤く赤く染まっているのだろう。余裕がなくて、恥ずかしがっているカナデを見るのは初めてで。驚いて、つい言葉を失ってしまう。
「……昨日から、心臓がばくばくうるさいんだよ……。今まではこんなこと、全然なかったのに……ミナのせいだよ」
頬に当てていた手を取って、カナデはわたしの手を自分の胸元に置いた。カナデの言う通り、服越しに心臓の鼓動を感じられるけど……これは、なんだか……わたしの心臓も暴れそうで、息をするのがやっとだった。
「恋愛って、すごいんだね……なんだか自分じゃないみたいで、ちょっと怖い。でも……こうやってミナを抱きしめてると、すごく幸せ。それに、ミナが私のことを好きでいてくれて……本当に嬉しい。ミナ、ありがとうね……」
耳元で囁かれる甘い言葉が、次々に心臓に着弾する。その度にいちいち身体は跳ねて、小さく縮こまってしまう。全部夢だったら、どうしよう。ちょっとだけ怖くなって、カナデの服をぎゅっと掴んだ。
「……ミナ、好きだよ」
暗闇に落ちたその『好き』は、わたしの『好き』と同じものだって、信じてもいいのかな。完全に同じでは、ないかもしれない。でも、それでも。きっと昨日の夜よりは、近付いていると信じたかった。
「わたしも好きだよ、カナデ」
瞼を下ろして、その身体を抱きしめる。色々あった修学旅行。明日の夜は家に帰って、また一人きりでベッドに潜る。カナデとこうやって一緒に寝る機会は、きっとしばらく無いだろう。名残惜しくて、ずっとこの時間が続いてくれたらいいのにと思った。朝が来れば、また現実に戻ってしまう。朝なんて、来なければいい。でも今だけは、この腕の中のぬくもりを信じていたかった。