第二十七話 恋を教えて(5)
彼女と彼女になったわたしたちは、ベッドで手を繋ぎながら、お互いの髪を撫でていた。手なんて今までもたくさん繋いでいたはずなのに、なんだか急にこそばゆくて、恥ずかしくて、カナデのことを直視できない。
「……ははっ、ミナ、真っ赤じゃん」
「だって……しょうがないでしょ……」
恋人なんて、初めてで。不安と緊張の隙間から、じわりと温かいものが滲んでくる。これが、恋人になったという幸福なのだと、ようやく少しだけ実感できた。指が絡まるたびに、身体は電流が走るようにじんじんと痺れていく。まさか……カナデと恋人になれるなんて。本当は夢なんじゃないかって、何度も何度も尋ねたくなる。
「ミナ、可愛い」
耳元で囁かれた言葉に胸が詰まって、もうどうしようもなくなって……顔を背けた。そんなわたしを見て、カナデはいつも通り軽い笑い声を上げる。恋人になったとしても、わたしは相変わらずからかわれ続けるみたいだった。
「やめてよ、カナデってば……! からかって遊んでるでしょ? ……それよりも、カナデはどうしてここにいるの? 今って班行動の時間でしょう?」
居てもたまらずベッドから身体を起こして、乱れた髪の毛と制服を整えた。いつまでもカナデとゴロゴロしているわけにもいかないと、背筋を伸ばして気を取り直す。当のカナデは制服姿でベッドに寝転んだまま、「もう起きるの?」なんて言っている。
「新町先生に、ミナは体調不良で休んでるって聞いたから。じゃあ付き添いしますってことで、サボってきた」
「こら、ダメでしょ……せっかくの修学旅行なんだから」
そう言った後に、はっとして口を噤む。そもそも、わたしがカナデとケンカなんかしたせいで、カナデは班行動をサボったのだし……元はといえば、全部わたしのせいだった。俯いて、ごめんねと呟く。
「ミナのせいじゃないよ。だって班行動怠いし、観光地もあんまり興味ないし……部屋でミナと一緒にいる方が、有意義だと思わない?」
「……もう!」
うまいこと言いくるめられて、わたしは何も言えなくなってしまう。カナデの言うとおり、班行動は確かに面倒だけど……それでもやっぱり、カナデと観光地に行ってみたかった気持ちもある。それに、一緒に美味しいものも食べたかったし。修学旅行の貴重な一日を、わたしのせいで潰してしまった罪悪感を感じていた。
「ミナったら、そんな落ち込まないでよ。本当に大丈夫だから。……それなら後で、部屋を抜け出して二人で出掛けてみる?」
「それは……」
魅力的な提案だった。さすが不良の松波は言うことが違うなと感心する。でも、バレたらとんでもなく怒られるだろうなあ。行けたとしても、せめて下のコンビニくらいまでかな……。なんて真面目に考えていたわたしを、カナデは軽い声で笑い飛ばした。
「冗談だって! ミナは悪い子だなあ。……じゃあいつか、ミナと二人で修学旅行しに来よう。それなら私も、きちんと班行動できるから」
それは修学旅行じゃなくて、ただのデートだ。でも……わたしもカナデと二人がいいな。今度はちゃんと、手を繋いで回ってみよう。提案に頷くと、カナデは満足そうに微笑んだ。
「……ふふ、楽しみだね」
そう言って、カナデは寝転んだまま、自分の横をぽんぽんと叩く。マットレスが小気味良い音を立てて、わたしのことを誘っていた。えっ。まだ寝るの?
「体調不良の春日さんを看病しないといけないから。早く寝てください」
「……カナデ、自分が眠いだけじゃないの……?」
「ははっ、バレた? でも、昨晩は一睡もできなかったんだ。ミナもきっと同じでしょ? だからさ、一緒に寝ようよ」
わたしはすっかり覚醒してしまって、もう寝るどころじゃないんだけど……。そう思いながらもベッドに足を乗せ、再びカナデの隣に横たわる。微笑んだカナデはわたしの身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてくる。もしかして、また抱き枕扱い?
「ミナ……好きだよ。ずっと一緒にいてね……」
うつらうつらとした声が、耳元で優しく響く。甘い声に、身体の芯から蕩けそうだった。幸せを噛み締めるように、ぎゅっと口元を引き締めた。カナデのこと、絶対に大切にしてみせるから。こんなわたしの彼女になってくれて、ありがとう。
「カナデ……大好き」
わたしも腕を伸ばして、その身体を包む。昨晩一緒に居られなかった時間を埋めるように。わたしは、カナデを強く強く抱きしめ続けた。昨日まで、永遠に届かないと思っていたぬくもりが、いま確かにこの腕の中にある。ずっと、夢に見ていたこの瞬間を、もう二度と手放したくないと思った。