第二十七話 恋を教えて(2)
重い足取りでルームキーをかざし、部屋に入るとベッドに座っていたカナデと目が合った。わたしの顔を見るなり、なんてことなさそうに声を掛ける。
「お帰り。遅かったね。……さっきの話、もしかして告白だったの?」
その言葉は淡々としていて、わたしの身体に突き刺さる。いつもなら、もっと上手く答えられるはずなのに。胸がどうしようもなく詰まっていて、心臓がばくばくとうるさかった。
「……カナデには、関係ないでしょ……」
知らない間に、わたしの冷たい声が落ちていた。はっとしたけれど、もう遅い。異変を察知したカナデが立ち上がって、わたしの腕を掴む。やめてと言って振りほどこうとするけれど、カナデの力に敵わない。怒ったような鋭い視線が、静かにわたしに降り注ぐ。
「ミナ、どうしたの。なんか変だよ。さっきの奴に、何か言われたの」
「やめて……もう放っておいて……」
声が震えていた。冷静な自分が、頭の中でやめろと警鐘を鳴らし続けている。わたしだって、やめなきゃいけないのは分かっている。カナデは何も悪くない。悪いのは、全部、わたしだった。
「放っておけないよ。何があったの」
カナデは強い瞳をしたまま、わたしの腕を掴み続けている。大好きな人が、こんなにもわたしのことを心配してくれているのに。心はなぜか冷ややかで、わたしはどこまでも残酷になれてしまう気がしていた。
「……カナデの言う通り、告白されたよ」
その瞳は一瞬揺らいだように見えたけれど、すぐにいつも通りになって、カナデは口角を上げて笑って見せた。大好きなその笑顔が、今はたまらなく、憎らしかった。
「そっか。良かったじゃん。付き合わないの?」
「……なんで、そういうことを、言うの……」
喉の奥が焼けるようで、声がかすれていた。呼吸が浅くなって、うまく息が吸えない。視界もぐらぐらと揺れていて、カナデの顔がぼやけて見えた。俯いたわたしに、カナデは「ミナ、彼氏欲しがってなかったっけ」と軽く言う。そんなこと、言ってない。カナデの言葉はわたしの心臓に深く突き刺さって、もう何も考えられなくなっていく。
「……カナデは! カナデにだけは! そんなこと……言われたくなかった!」
自分の声じゃないような、怒声。力ずくでカナデの手を振りほどいて、距離を取る。俯いたまま、カナデの顔が見れなかった。涙が次々とこぼれ落ちて、止まらない。自分が自分じゃないみたいで、情けなかった。
「ミナ、どうしたの……落ち着いてよ」
動揺したようなカナデの声。そうだよね、動揺するに決まっている。カナデは、いつもそうだ。わたしのことを大切にしてくれているのに、肝心なことを分かろうとしてくれない。なんて残酷なんだろう。
「カナデは……わたしのこと、なんにも分かってない。わたし……わたし……」
やめろ!
もう一人のわたしの声が、脳裏に響く。だけど、もう、止められなかった。
「カナデのことが……好きなのに……なんでわかってくれないの……!」
両手で顔を覆い、うずくまる。口の隙間からは嗚咽が漏れて、自分ではもう抑えられなかった。カナデが「ミナ……」とわたしの名前を呼んで、立ち尽くしていた。
「私もミナのこと、好きだよ」
カナデが囁いた言葉は、ナイフみたいだった。優しいはずなのに、どうしてこんなにも痛いんだろう。その好きは、違う。カナデは、わたしのことを全然分かってない。溢れる涙を拭いながら立ち上がって、カナデのことを睨みつけた。困惑しながらも、いつも通りの優しい顔。なんでそんな顔ができるの。わたしはもう……こんなにも、壊れそうなのに。
「……カナデの好きと、わたしの好きは、違うの……!」
言ってしまった。これ以上カナデのことが見れなくて、部屋から逃げ出して廊下を走る。どこに向かっているのかなんて、考えていなかった。ただ、ここから離れたくて。息が切れるのも構わず逃げ続けた。
気が付けば、さっきの非常階段にいた。再びうずくまって、涙を流す。わたしは、本当に馬鹿だった。さっき決心したばかりだったのに。何が修学旅行マジックだ。そんなのは、ただの言い訳に過ぎなくて。カナデを傷付けたくて、言わなくてもいいことばかりを言ってしまった。もう、部屋には戻れない。それに、わたしたちの関係も。きっと友達のままじゃいられないね。
「ごめんね……」
かすれた声は、空気に溶けて消えた。わたしの震えにも、涙にも、誰も気づかない。ただ、静かな夜だけが、わたしのすべてを包み込んでいた。