第二十六話 修学旅行と恋の魔法(7)
カナデが寝息を立てる音だけが、静かな部屋に響いていた。わたしはそっとベッドの端に座って、その寝顔を見つめる。無防備で、自由で、少しずるい。手を伸ばして髪に触れようとしたとき、部屋のインターホンが鳴った。
「……ん? 何……誰……」
カナデは音に反応し、ゆっくりと起き上がる。わたしが身を乗り出すと、「ミナはいいよ……」なんて言いながら、寝ぼけたまま部屋の扉に向かっていった。カナデが扉を開けると同時に、聞きなれない声が聞こえてくる。
「あっ……松波。あのさ、春日って……この部屋? 今いる?」
「ミナ? いるけど……」
わたしの名前が聞こえてきて、様子を見に行くとクラスメイトの男子と視線が交わった。彼はわたしの顔を見るなり、ぱっと顔を綻ばす。
「ねえ、ミナ。この人誰」
小声で尋ねてくるカナデに、苦笑する。わたしもあまり詳しくないし、話したこともそんなにないけれど……名前は知っている男子だった。なぜなら、去年もクラスが一緒だったから。二年目にもなると、さすがに名前と顔は一致する。
「同じクラスの誉田くんだよ……」
「ふうん。なんか、ミナに用事があるって」
さほど興味無さそうに、カナデは誉田に視線を向けた。彼は背筋を伸ばして、真剣な表情でわたしを見つめている。嫌な予感がした。
「あのさ……春日、ちょっとだけ。どうしても、話したいことがあるんだけど」
突然すぎて、頭が真っ白になる。修学旅行マジックという言葉が、頭をよぎった。まさか……。そんな、なんでわたし? わたしは……カナデと一緒にいたいのに。
「……ミナ、私は留守番してるから、行ってきていいよ」
そう言って、ルームキーを差し出すカナデの顔は、どこか余裕のある笑みを浮かべていた。あれ? 凪の時みたいに、怒ってわたしの腕を掴んでくれないの? どうして? カナデの顔を見つめながら、わたしの心だけが、状況についていけなかった。
カナデに鍵を託されて、誉田と二人、廊下に取り残される。カナデ、待ってよ。ねえ、なんでそんなこというの。
彼がわたしを先導して、どこかに連れて行こうとする。嫌だ。わたしはあなたと話すことなんて、何もないのに。そんなことは言えなくて、わたしは見慣れない男の子の後姿を追うことしかできなかった。