第二十六話 修学旅行と恋の魔法(5)
カナデは運河の手すりに身を預けて、ぼんやりと一人佇んでいた。その瞳は揺れる水面を見つめているようにも見えたし、何も見ていないようにも感じられた。
「……カナデったら!」
息を上げながら名前を叫んで、腕を掴んだ。カナデは不機嫌そうな表情のまま、じっとりとわたしを見据えている。
「……ミナ、追ってきてくれたんだ」
「当たり前でしょ? カナデがいないと、修学旅行に来た意味ないんだから」
そう言うと、カナデは息を漏らし、いつもの優しい笑みに戻ってくれた。困ったように頭を掻いて、わたしの肩に顎を乗せてくる。
「ええ……⁉︎ カナデ、何してるの」
「……ミナ、ごめん。浜野さんの言葉にムキになって……子供っぽかった。ミナが私のこと大切にしてくれるの、分かってるのに」
カナデの声は少しだけかすれていて、そのまま、ふっとわたしから身体を離す。本当は抱きしめてあげたかった。でも、それはきっと、今はできない。
「情けないよね。私は……どんどん我儘になっていく。ミナの気持ちに甘えて、自分が止められなくなってくるんだ。本当ごめん」
項垂れるカナデの姿に、戸惑いながらも、思わず手が伸びた。カナデの頭を、撫でる。ちくちくとした髪の感触に、なぜか心がふわっとなり、愛おしいと思った。
「ミナ……これじゃ本当に子供だね」
カナデは苦笑して、わたしの手をそっと振りほどく。そしてそのまま、手を握った。
「……時間まで二人で回らない? ミナと二人でいたいんだ」
その声が、真っ直ぐで。いつもより少しだけ震えていて。胸が、きゅっと詰まる。危うく修学旅行マジックに流されそうになって、慌てて心の中でブレーキを踏む。
……本当に、うちの班って協調性ないな。彩芽にまた謝らないと。そう思いながら、わたしはこくんと頷いた。
それからわたしとカナデは、運河の横を二人で歩いた。本当は、手を繋ぎたかった。だけど、名残惜しさを感じながら、どちらともなく手を離す。途中、同じ制服を着た同級生たちとすれ違ったけれど、わたしたちは何も気づかないふりをした。ただ、辺りを見回る先生に見つかりそうになったときだけは、慌てて近くの物陰に隠れ、二人で静かに笑いあった。
ノスタルジックな雰囲気を醸し出す商店街を並んで歩いて、途中見付けたお店に入ってみる。ガラス張りの小さな入口をくぐると、店内はひんやりとした静けさに包まれていた。壁には古い木製の棚が並び、オルゴールやガラス細工が間接照明のようなランプに照らされて、柔らかな光を放っている。まるで時間がゆっくり流れているみたいだった。
カナデと並んで、小さなオルゴールを手に取った。ガラスランプに照らされた横顔が、ぼんやりとオレンジ色に揺らいでいて、つい見惚れてしまう。
店の奥に、真剣な顔をして一人お土産を吟味している澪音を発見し、わたしたちは身を潜めた。澪音は、棚の前で何度も動物の形をしたオルゴールを手に取り、じっと見つめては、また戻し、そしてまた別のものを手に取っていた。どれも気に入っているらしく、選びきれない様子だった。澪音の両腕には既にたくさんの紙袋が下がっていて、ショッピングを満喫していたことが窺える。
「……葛城さん、買い過ぎじゃない?」
こそこそと耳打ちしてきたカナデにくすりと笑い、澪音に気付かれないよう店を出る。スマートフォンで時間を見ると、もう集合時間が近かった。彩芽たちと合流しないと、この後の班行動に支障が出る。そんなことは分かっている。それでも、わたしたちの足取りはゆっくりで、二人きりの時間を噛みしめるように歩いていた。