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第二十六話 修学旅行と恋の魔法(2)

***


 “狂犬の澪音”に“女たらしの凪”、“不良の松波”、そして“狂犬の春日”なんていうレッテルを貼られたわたしたちを、唯一まとめようと奮闘しているのは常識人の彩芽だった。修学旅行の打ち合わせをするたびに、澪音は以前ほどではないけれど、依然として突っかかってくるし――凪はわたしに向かって、絶対に本気じゃないような口説き文句を投げかけてくる。そのせいでカナデの機嫌は最悪で、わたしは終始カナデのブレザーの裾を握っていた。


 彩芽は今日も深い溜息をつきながら、淡々とスケジュールを組んでいる。彩芽って本当に、偉いなあ……そう思いながら、わたしもできる限り彩芽の負担を軽くしようと努めていた。


「……春日さん……本当……ごめんね……」


 すっかり彩芽の口癖になってしまった謝罪にぎこちなく笑顔を返し、旅行ガイドのページをめくる。チープな丸文字で書かれた観光ガイドの文章は、それだけで心をふわふわと浮き立たせた。班行動のことを考えなければ、きっとすごく楽しい旅行になるのだろう。ふと手元のガイドのカラーページに載ったスイーツに視線を奪われたとき、凪がページを覗き込んでにやりと笑った。


「あっ、このパフェ、美味しそうだね。美奈ちゃんは甘いものが好きなの? 可愛いね。松風さんなんか置いておいて、一緒に食べに行こうか」


 言葉は軽く、仕草は飄々としている。だけど、笑いの奥にある視線は違った。凪はわたしをからかうことで、わたしの隣にいるカナデを試しているように見えた。


「は? 何言ってんの」


 カナデが即座に睨みを返す。わたしはとっさにその腕を取り、「やめて」と訴えた。彩芽も声を荒らげ、凪に注意する。


「美奈ちゃん、松風さんの子守りは大変じゃない? そんな人やめて、私にしときなよ」


 そう言った凪の声は甘く、いかにも冗談めいている。でも、その口調には棘があった。


「凪ちゃん! やめなさいって言ってるでしょ」


 彩芽が真剣な声で言うと、凪は軽く肩をすくめ、笑った目だけがわたしを静かに見つめていた。横に座っているカナデが、怒りで小さく震えていた。


「浜野さん……冗談言わないで。そんなことないから……。ほら、カナデも、もう怒らないで」


 カナデの顔を覗き込んで笑うと、すっかり不貞腐れたカナデはそっぽを向いた。困ったなあ。どうしたら機嫌直してくれるかな。カナデの腕を掴みながら考えていると、澪音に「アンタたち、本当にキモいわね。凪も凪よ。そんなに良いかしら、春日さんって」と睨まれる。


「え? 美奈ちゃんは可愛いよ。松風さんのことを大切に思っていることが、伝わってくる。だからこそ……意地悪して、奪ってみたくなるんだよね」


 凪の言葉に、一瞬ぞくりとする。冗談だと頭では分かっているのに、心臓が騒ぐ。奪う、か――彼女の口から出るその言葉は、からかいと同時に誰かへの執着を含んでいるようだった。しかも、その「誰か」は、まるで標的が最初から決まっているみたいに……。


「さっきから好き勝手言って……浜野さん、本当何なの」


 カナデの言葉は冷たく、投げる刃のようだった。凪は肩をすくめて笑い、さらに言葉を重ねる。


「ははっ、分からないの? 学年一位の頭脳を使って、もう少し考えてみたら?」


 凪の言い方はあくまで軽薄だったけれど、そこに薄ら寒い含みがある。わたしは息を呑んで、目だけで凪を追っていた。彩芽が堪えきれずに、凪の頭を平手で叩いた。


「春日さん、松波さん。ほんっとうにごめんね! 凪ちゃん、いい加減にしなさい」


 彩芽の必死の制止に、凪は笑いながらもカナデの目をはっきりと捉えていた。その視線はからかいを越えて、何かもっと深いものを宿しているように感じられた。


「ふふっ。ごめんね、でも、ちょっと面白くてさ。松風さんは本当に、子供っぽいんだから。美奈ちゃんも大変だ」


 凪の笑みは、刃物のように冷たかった。隣のカナデは、怒りで肩を震わせている。わたしは必死にその腕を握りしめ、落ち着かせようと宥めていた。そんなやり取りをしていると、修学旅行がどうにか無事に進められるのか、急に不安になってきた。彩芽とわたしがこぼす小さなため息は、まだ見ぬ旅先へと静かに消えていった。


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