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第二十四話 トランペットの影(5)

 橙色に染まった教室の中、澪音が背中を向けて座っていた。その脇には彩芽と凪が俯きながら立っていて、扉が開く音に反応して顔を上げる。


「春日さん……! 大丈夫だった?」


 教室に入ったわたしに気付いて、心配そうな顔をした彩芽が駆け寄ってくる。大したことなかったよと笑いかけると、ほっとしたように胸を撫でおろした。


「良かった。可愛い顔に傷が残ると、困っちゃうからね」


 背中を向けたままの澪音の横で、凪が穏やかに笑う。その様子を見てカナデはむっと顔をしかめていたけれど、何も言わずに黙り込んだ。


「三人とも……吹奏楽部は、行かなくて大丈夫なの?」


「こんなことがあって、部活になんて行けるわけないよ……さっきも騒ぎを聞いた新町先生に、たんまりと怒られたから。ほら、澪音ちゃん。謝るんじゃなかったの」


 彩芽に背中を叩かれ、澪音がしぶしぶと立ち上がる。視線を落として「……悪かったわね」とだけ呟いた。


 わたしたちの間に、沈黙がおりる。俯いたままの澪音を見つめながら「大丈夫だよ」と笑いかけると、カナデが一歩前に出た。


「……あのさ、あんなことして……謝れば許されると思ってんの?」


 初めて聞く、冷ややかな声だった。その声は怒りをはらんでいて、背筋がすっと冷たくなる。


「カナデ、やめて」


「ミナは優しすぎるよ。だって……ミナは怪我をしたんだ。私の楽器ケースを庇って。そもそも、最初に突っかかってきたのだって、葛城さんでしょ」


 澪音は何も言わなかった。その横で、彩芽と凪が澪音のことを見つめている。カナデが息を吸って、何かを言おうとする気配を感じた。わたしはそっと、両手でカナデの手を包み込む。カナデの手はまだ小さく震えていて、怒りが冷めていないことが伝わってきた。けれど、その怒りの中心には……わたしへの想いがある。だからこそ、ちゃんと伝えなきゃいけない。


「……カナデ。もうやめよう? ね?」


「……なんで……」


 カナデが目を見開く。その瞳に映る疑問に、わたしは静かに首を振った。


 わたしのために怒るのは、もうやめて。わたしだって、許せない。大好きなカナデを侮辱されて、カナデが大切にしている楽器ケースを奪われて。怒っているに決まっている。でも……これ以上喧嘩したところで、気まずくなるだけ。それに、それ以上に……わたしはもう、この感情に縛られたくなかった。


「……きっと、誰だって間違えることって、あると思うんだ。わたしだって、失敗するし……カナデにも、きっとある。だから……一回くらい、間違えてもいいって、わたしが思いたいの」


 その言葉は、澪音に向けたものというより、わたし自身の中に向けたものだった。


「もう大丈夫だよ、葛城さん」


 微笑むと、澪音が目を伏せ、かすかに頷いた。カナデの手を握りしめると、その怒りも少しだけ和らいだ気がした。


「……三人とも、待ってもらっちゃって、ごめんね。修学旅行、引き続きよろしくね」


 わたしはカナデに微笑みかける。帰ろう、と目で促すと、カナデはしばらく何か言いたげな顔をしていたけれど、結局、何も言わずに澪音たちから距離を取った。


 カナデの手を取り、教室を後にする。澪音の目にはまだ複雑な光があったけど、わたしは信じたかった。不安しかない修学旅行だけど、きっと大丈夫……カナデの隣で、わたしももっと強くなろうと静かに誓った。


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