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第二十四話 トランペットの影(2)

「えーと、改めて……私は村田彩芽。で、こっちが浜野凪で、もう一人が葛城澪音。私たち三人は、吹奏楽部に入ってるの」


 すでに波乱しかなさそうな五人組で机をくっつけて、真面目そうな彩芽が穏やかに話し始めた。その隣で凪はわたしに向かってにこやかに手を振り、澪音は腕を組んでそっぽを向いたまま、まるで他人のように距離を置いている。彩芽は優等生なまとめ役、凪は気さくで人懐っこく、澪音は鋭く尖った孤立者――まるで、そんな三人組だった。


「こっちは……わたしが春日美奈で、隣が松波奏。ええと……よろしくね?」


 できる限りの愛想笑いでそう言うと、カナデも小さな声で「よろしく」と呟いた。けれど、その表情は硬くて、どこか張りつめていた。次の瞬間、鋭い舌打ちが空気を裂く。


「……ちっ。なんで私が、こんな奴らと一緒に回らなきゃいけないわけ? マジ最悪なんだけど。松波奏と春日美奈……気に入らないったらありゃしない」


 澪音は睨みつけるような目で、わたしたちを見た。その悪意は――明確な拒絶だった。背筋に冷たいものが走り、わたしは思わず隣のカナデに目を向ける。カナデはじっと澪音を見据えたまま、小さく舌打ちを返した。


「……は? 葛城さんだっけ。何なの?」


「ちょっと、カナデ……! やめてよ」


 空気が張り詰めたのを感じて、慌ててカナデの腕を掴んで止めようとする。だけどカナデは目を逸らさず、わたしの手を取り返すようにぎゅっと握った。


「澪音ちゃん! なんでそんなに喧嘩っ早いの? 失礼だって分からないの? この二人、澪音ちゃんに何かしたわけじゃないでしょう?」


 彩芽が間に入って諭すように言うけれど、澪音は舌打ちして顔を背ける。ぶつけられる感情の理不尽さに、言葉が出ない。澪音の敵意は、理由もなくわたしたちに向けられている。それなのに、まるで最初から何かが積もっていたような深さを持っていた。


「ちっ。そうだけどさ! 気に入らないもんは気に入らないの! ったく彩芽はうっさいなー。そもそも、彩芽が勝手に決めたんでしょ。放っておいてよ」


 投げやりに言った澪音の頭を、彩芽の片手が勢いよく叩く。その拍子にポニーテールの尻尾が揺れ、うめき声が聞こえてきた。


「澪音ちゃん、いい加減にして。春日さん、松波さん……本当ごめんね? あとできつく言っておくから……」


 彩芽が眉をひそめ、不器用な笑顔を浮かべながら謝ってくる。わたしが何か返そうとしたそのとき――


「ごめんね、美奈ちゃん。うちの澪音、ちょっと人見知りが激しくてさ。……でも私は、美奈ちゃんと同じ班になれて嬉しいな」


 凪が柔らかく微笑みながら、穏やかにわたしを見つめてくる。その視線はやたらと距離が近くて、言葉以上に熱を帯びていた。


「えっ? は、はあ……」


 戸惑いながら返事をすると、カナデの手がぐいっとわたしの腕を引く。さっきよりも強く、ちょっと乱暴に。目を向けると、口を真一文字に結び、睨むようにして凪を見ていた。


「カナデったら……痛いよ」


 困ってしまって笑いかけると、カナデは少しだけ力を緩めた。けれど目は鋭く、明らかに凪を睨んでいる。


「ははっ、松風さん……だっけ? そんな怖い顔しないでよ。私はただ、美奈ちゃんみたいな可愛い子と仲良くなりたいだけ。松風さんは……ちょっと私のタイプじゃないかな」


 わざとらしく小首を傾げて、凪が笑う。その目は笑っているのに――どこか探るような、弄ぶような色が見えた。


「は? ていうか、松波だけど」


 カナデの怪訝な声に胸がどきりとしていると、その直後、乾いた音が響いた。彩芽の手が凪の頭をぴしゃりと叩き、凪は「わあ、彩芽ったら痛いなあ」と言いながら笑っている。


「凪ちゃんも! ほんっとーにいい加減にしてよ! 春日さん……本当凪ちゃんがごめん……いつものことだからスルーして……松波さんもごめんね……」


 彩芽は顔を赤くして、深く頭を下げた。凪は「はは、彩芽ヤキモチ?」なんて悪びれずに笑い、澪音は相変わらず仏頂面のまま。わたしは――このメンバーで本当に修学旅行を回るのかと思うと、胸がどっと疲れたような気がして。ストレスで彩芽の胃に穴が開かないか心配になりつつも、わたしは愛想笑いを返すことしかできなかった。


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