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日本の学者がダメなわけ
戦前の日本人は、ある意味、優れていた。それは、翻訳である。新しい概念を新しい言葉とし、あえて古い言葉を使わなかった。
「西洋かぶれ」
と揶揄する者もいるが、それは最適な選択だった。
言葉というのは、概念である。逆に言えば、ある概念が言葉となる。だから、新しい概念に古い言葉をつけると混乱する。
最近の翻訳者は、既存の言葉に置き換えようとする。
年齢もそうである。われわれは、毎年歳を取る。宇宙の年齢とは、いってみれば、発掘限界である。それ以上昔のことは調べられないということである。
相対性なんていうから紛らわしい。見かけといえばよかった。
外国語の価値観を理解せずに翻訳するからおかしなことになる。昔の人は、学術的な言葉を知らなかった。だからなんとかイメージを伝えようと言葉を選んだ。
今となっては、学者が悪いのか、翻訳者が悪いのか、それを伝える教育者が悪いのかはわからない。だが、彼らの間でイメージが共有化されない限り、正しく知識は伝わらない。
技術者と利用者は、文化が異なる。だから、正しい技術者は、利用者の文化を想像し、その言葉の意味を理解しようとする。でなければ、作ったものを使ってもらえない。




