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成人の儀

「ここは、いったい……?」


 辺りは一面、黒に塗り潰されていた。まだ真昼間だというのに、夜のように暗く手探りをしなければ壁がどこにあるかわからないほどだった。天井は低く、立ち上がればすぐに頭がついてしまう。


 一人でも圧迫感を感じる狭い部屋だった。ここに二人も人が入れば空気が薄くなってしまうのではないかと思ってしまうほど。窓もなく、唯一の出入り口と言えば今連れてこられた古びた木製の戸だ。その戸ですら両手を地べたについて這うような体勢でなければ出入りはできない。


 戸は、中に入った途端に大きなかんぬきで施錠されてしまったために誰かが来なければ開けてもらうことはできないが。


 少し体を揺するだけで埃や木屑きくずがパラパラと落ちてくる。虫が一匹もいなそうなのが幸いだったが、特にひどいのは臭いだった。どこからというものではなく、部屋全体からなんとなく漂ってくる腐臭。鼻が慣れてくれば気にならないのかもしれないが、ねっとりと粘りつくようなその臭いが嫌だった。


「これが祠?」


 幼い時分から妹と二人で想像していた祠のイメージとはだいぶかけ離れていた。祠と聞けば、古いなりにもそれなりに綺麗に保たれており、神社でよく見る白紙や赤い鳥居に守られるようにして何か依代のようなものが鎮座しているのを想像していたが、実際に入ってみれば何もないただの狭い空間があるだけだった。


 他との境界線がないわけではない。地上にあるだだっ広い旧家からは階段を降りて来なければならず、閂付きの戸、窓も何もない空間は意図的に他と隔絶されているように造られている。それでも、これではただの部屋に過ぎなかった。


 半ば期待していた分、落胆も大きかった。その上これから一週間もここで生活しなければいけないという事実が心を暗くする。


(成人の儀って言ってたよな?)


「まいったな」


 つい先日18歳の誕生日を迎えたばかりの古塚こづか弓弦ゆずるは、肩を落として大きなため息を吐いた。


 短い前髪をかきあげる。


(これは……母さんが美月を連れてこなかった理由もわかるな)


 弓弦が誕生日を迎えたのは、春休みが始まる少し前だった。母親が急に旧家に帰ろうと言い出しのは、リビングでささやかな誕生日祝いを終えたすぐあとだった。最初は渋っていた弓弦だったが、母親のいつもの「遠い目」に首肯せざるをえなかった。


 母親は、部活のある美月は大変だろうからと二人で、とさも美月のことを考えて提案しているように装っていたが、本音は「美月は連れていきたくない」と思っているであろうことは明白だった。弓弦は、隣りに座っていた美月の顔を窺ったが、美月が小さく頷いたので二つ返事で承諾することにした。


 弓弦と美月の兄妹にとって、一人しかいない肉親である母親は、幼い頃より何よりも優先すべき人間だった。


 今回の帰省が実は理由不明の「成人の儀」てあることを知ったのは、電車を乗り継ぎながら移動している最中のことだった。内容や目的を聞いても「着いたらわかる」と返されるだけで、一つだけわかったことは「古塚家の男子は18歳になったら、この成人の儀を受けなければならない」ということだけ。母親はそれ以上口を開くことなく、ぼんやりとあの「遠い目」で流れる車窓の景色を眺めていた。


(この令和の世に。なんだよ、成人の儀って、しかも男子だけって。美月は受けなくていいのかよ)


 心の中で愚痴をつぶやくが、早々に意味がないことを察して弓弦は横になった。横になったらなったで儀式だからと着せられた黒い袴が快適さを邪魔をして、また板張りの上に胡座あぐらをかいて座った。


(理不尽なことが多すぎる! じいちゃんもばあちゃんも当たり前のような顔して準備を始めるし。じいちゃんも昔儀式やったことあんだから、どんな感じか事前に教えてくれてもいい……の、に……)


「ん?」


 どこかから微かに音がする気がした。こんな場所だし気のせいかとも思ったが、確かに音がする気がする。


(なんだ? これが儀式と関係するものだったりするのか?)


 何かが上から下に滴るような音だった。音は不定期に現れてはまた長時間静かになる。そしてまた、音が現れる。


 目を瞑り耳を澄ませていると、その音に混じって別の音が聞こえてくる。音がはっきりと形を成して聞こえたとき、上から階段で降りてくる足音が聞こえた。


 一本の蝋燭ろうそくの火が照らすのは白髭をたくわえた祖父の顔。祖父は戸を閉ざしていた閂を開けると、言った。


「昼ご飯の支度ができた。おいで──」

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