終わりと始まりと
弓弦の顔を見る。酸素マスクが外された顔は、穏やかにともすれば微笑んでいるようにも見えた。
「不思議と母さんが死んだことにショックはないんだ。ずっと関係は疎遠だったし、それに母さんはああなる運命だったのかもしれないって。あの『遠い目』も、咎人も、白無垢の女も全てを繫ぎ合わせれば、きっと母さんは最初からあそこで死ぬつもりだったんじゃないかって思う」
返事はもちろん返ってこない。それでも、美月は話を続けた。自分の心情を吐露するように。唯一同じ境遇の兄──これからもそう呼べるのかは不確かではあるが──ならわかってくれるだろうと。
「母さんは、私たちを自分の子どもとして引き取ったときに考えたのかもしれない。将来、儀式が必要になるときが来るんじゃないかって。だから、幼い頃に一度だけ私たちみんなを古塚家へ連れていった」
気まぐれで動くような人ではない。兄と美月の対応は終始一貫していた。兄を溺愛し、妹には厳しくするという対応が。
「いつか儀式が必要なら、兄さんは巻き込まれる運命だった。それを変えるために母さんはあのとき、私を連れていったんじゃないかって。兄さんを助けて呪いを終わらせるために私を連れて、そして以後おじいちゃんやおばあちゃんに関わらせることはしなかったんじゃないかって、そう思うんだ」
母の顔を思い出す。最後に見せた表情はやっぱり笑顔だったのではないだろうか。美月に向けたものなのか、自分に対するものなのかはわからないが。
「だって、儀式に必要なのは18歳の男性だけ。私を引き取る理由はないはず。母さんの『ごめんなさい』という言葉は、きっとそのことを指していると思うんだよね」
違うかもしれない。思い込みたいだけかもしれない。それでも、取り残された美月には何かこの先に繋がる理由が必要だった。
「兄さん。目覚めたら、どんな関係性になっちゃうのかわからないけど、私にとっては兄さんは兄さんだから。退院したら、もっと家事もやってもらうからね……私ももう自由なわけだし」
急に弓を持ちたくなった。弓を引き絞り、矢を放つ。弓道部やクラスの面々の顔が頭に浮かび、胸がぎゅっと締め付けられる。やりたいこと、やらないといけないことが山ほどあった。
「……じゃあ、そろそろ行くね。家に帰って掃除もしないとだし、あとおじいちゃんのことも気になるし──」
椅子から立ち上がると、ノック音の後にガラガラと病室の扉が開かれた。顔を覗かせたのは、笑顔の看護師だった。
「古塚さん、友達の──如月さんの意識が戻りました」
「本当ですか!?」
「はい、今行かれますか?」
「お願いします! 乃愛に会わせてください!」
美月は逸る気持ちを抑えながらも早足で病室の外へ出た。夜だと言うのに入院病棟はまだ賑やかだ。
食事の音、談笑、行き交う人の足音──いろいろな音が混ざり合い自然と美月の心も高揚していく。
(乃愛は大丈夫だ。これならきっとこの先も大丈夫)
歩きながらも美月は乃愛がいつも言っている言葉を思い出していた。『みーちゃんは、一人になっちゃダメなんだよ』。
(これからは一人じゃない。私の周りには多くの人がいるから)
ドアプレートに如月乃愛と書かれた扉を開ければ、ベッドに寝たままの乃愛が美月の方へ顔を動かした。
(えっ?)
一瞬、乃愛の顔に蟲が群がっていたような気がした。瞬きをすれば、力ない微笑みを浮かべている。
(き、気のせい……だよ、ね)
パチ、パチとライトが点滅する音が聞こえる。
「あら、電気が切れかかってるのかしら」
看護師がそう疑問を呈したところで、病室の明かりが一斉に消え、深い暗闇が押し寄せてくる。
どこからかポタポタと水が滴る音がする。
──永久に先君をば待たん暗闇に花の塵ゆく定めとしても──




