呪いの儀式
記憶の中では蝋燭の火が次々に灯されていった。一般的な家の中であんなに蝋燭を灯すようなところがあるだろうか。
「先生! 廃村にお寺が残っていることはありますか?」
「寺か。本尊や墓は別の場所に移転するだろうけど、建物自体は取り壊すか残していくんじゃないのかな」
(だったらもしかして!)
「あっ! みーちゃん!」
美月は乃愛から離れると一人で村の奥へと走っていった。懐中電灯の光が誰一人いない取り残された村の中を本当に夜が明けるとも疑わしく思ってしまうほどの暗闇の中に蘇らせる。
(二人がもしお寺で式を挙げようとしていたのだとしたら、死後婚だってそこで行われたかもしれない)
寺ならば他の家屋とは違い、すぐにわかるはず。廃墟と化して建物が朽ちていても特徴的な外観は変わらない。
そう考えて、美月はなだらかな坂を登っていった。村の終わりが近付いているのか、遠くの方に高い木々が見えてきた。
不意に美月の足が止まった。デニムパンツの裾に草や葉、泥がこびりついている。
果たして目の前に寺らしき建造物は見つかった。美月は懐中電灯を真っ直ぐに向けてゆっくりと近付いていく。
大きな瓦屋根の一部が眠るように地面に落ちている。申し訳程度の小さな寺だった。きっと村に根付き村民とともにあったような小さな寺なのだろう。少し建物の周りを回ると、見てきた廃屋と同じように周りの壁は崩れており、なんとか中へ侵入することはできそうだった。
問題は残されたものがあるかどうかだ。ぐるりと一周した後、美月は弓袋を背負い直すと、一番容易に入れそうな右の壁から侵入を試みた。
二俣の言った通り本尊や他の仏像もなく、だだっ広い空間が広がっているだけだった。それも今はすべて草に覆われていて美月が見た昔の面影はどこにも見当たらない。
(でも、ここがきっと記憶で見た場所)
何本も蝋燭が置かれたこの広間を、二人は寄り添いながら寺の出入り口へと消えていった。美月は、二人が歩いたようにライトの光を動かす。
(んっ……あれ、は?)
落ちた屋根の下に光る何かを見つけて美月はそこへ向かった。近付けば白色の何かが光に反射している。
しゃがみ込み、屋根の下へと手を伸ばす。もう少しというところで届かずに、美月は身体を地面に伏せるとギリギリまで奥に手を伸ばす。
手がそれを掴んだ。屋根に当たらぬようゆっくりと腕を戻して手の中を開くと土にまみれた白無垢姿の人形があった。
「みーちゃん! 逃げてっ!!」
後ろから乃愛の甲高い声が聞こえた。振り向こうと思った瞬間に美月の意識は飛ばされてしまった。
*
頭が、重い。呻き声を上げながら目を開ければ何も視えない黒い闇が広がっていた。美月は手に持っていたはずのライトを探すがどこにもなく、ポケットに仕舞ったはずのスマホも、背負っていたはずの弓袋も何も持っていなかった。
(何これ?)
代わりに握っていたのは白無垢の人形だった。手触りから木を彫って作られた人形だとわかったが、色が綺麗に塗り分けられていて、汚れて色褪せていても白の光沢と長い黒髪が判別できる。
「そうだ、私、この人形を拾って──」
ポタ、ポタと何かが滴り落ちる音が聞こえた。音のした方を振り向けば、皺の刻まれた老婆の顔がぬっと暗闇から現れる。
老婆は泣き声とも苦悶ともつかない声を発すると、手のひらを自分の顔の前に持ってくる。五本あるうちの人差し指が赤く染まっていた。よくよく目を凝らせば指先、爪のあたりから先がなくそこから液体が指を伝って垂れている。
滴り落ちる音はそれだった。老婆の人差し指の先から流れ落ちる血だった。
老婆はもう片方の手を手首にあてると立ち上がり、暗闇に向かって欠けた人差し指を突き付けた。
何かをすり潰すような音が続く。
美月は周りを見回した。暗闇ではあるものの空気の感じや雰囲気から即座にここがどこだか理解した。
(また来たんだ。過去の記憶に)
暗闇の祠。古塚家の地下にあった地下牢だ。
(だったら、あのおばあさんが白無垢の女。でも──今は何を?)
時が経ち老婆へと姿を変えた女は、一心不乱に自身の指を暗闇の中で振り回しているようにしか美月には見えなかった。
(指の血で何か──血──)
思い出されるのは弓弦を助けに地下の祠へ向かったときだ。一人で運ぶことができなくて何かないかとスマホのライトで暗闇を照らしていたそのとき。
(壁一面に血で書かれた文字があった。そう、あれは間違いなく血だった)
暗闇の中から老婆が美月の近くに戻ってくる。片方の手を手首に当てて手を掲げた格好そのままで。
美月の瞳が大きく見開かれていく。
欠けた人差し指がすり潰されたように綺麗に平らになっていた。指の先からは赤々とした肉が見えて、ドクドクと脈打っていた。
(まさか……自分の指を筆代わりに)
老婆は声を発した。中指の先端を歯と歯の間に挟めると、力を込めて顔を思い切り引き自分の指を噛み切った。
血が滴る音がする。老婆はその手を掲げると、暗闇の中に消えてまた文字を書き綴った。
美月にはその一連の行為がただの作業のように見えた。つまり、ノートにペンを走らせるのと同じように、料理をするのと同じように、弓を射るのと同じように慣れ親しんだ作業をしているようにしか見えなかった。
当たり前のように自然に自分の血を自分の指でもって書き連ねていく。祝福と呪いを込めた言葉を重ねていく。
滴る音に合わせて、ただ淡々と、淡々と。




