探索
車のライトが人里離れた寂しい一本道を照らしていた。美月は乃愛と一緒に後部座席に座ると、スマホの画面を開いてSNSをチェックしていた。
数時間前には面白がっていたSNSも、今は一部でパニックになっている投稿が広がっている。実際に試した投稿者が白い着物の女に襲われたと書いたり、友達や知り合いが行方不明になった書き込みが見られた。暗闇に佇む白無垢の女の写真や動画も次々に拡散されている。それらをまとめたネット記事はいい加減なものも多いが、中には冷静に分析している記事もあった。
記事は、過去にあった「口裂け女」や「コックリさん」などを例に出し白無垢の恋唄を都市伝説の一種と断定。SNSで爆発的に広がっていることでフェイク画像や動画が作られたり、有名人が取り上げることであたかも真実だと思ってしまう危険性があるとし、SNS利用者やマスメディアに対して冷静な対応を呼びかけていた。
常識ならそうだ。実際に相対していなければ記事を見て納得したことだろう。だが、自分の目で見た以上、真相を知った以上、動かないわけにはいかない。自身の呪われた血に原因がある以上、呪いを断ち切るために進まなければいけない。これ以上被害が広がる前に。白無垢の恋唄が噂ですむ間に。
「みーちゃん。怖い……」
美月は隣で腕にしがみつく乃愛の横顔を見た。時間の経過とともに乃愛の様子も落ち着いてきている。とは言っても一時期の感情すら乏しい状況から、表情が少しずつ戻っているくらいで言葉数はまだ少なく、美月にくっついてばかりだった。
「大丈夫だよ、乃愛。きっと、もう終わる」
今の乃愛は記憶しているのだろうか。東條先輩が惨殺されたことを、一瞬だけ見たあの光景を。
コンビニで白無垢の女に襲われてからもう丸一日は経とうとしているが乃愛の口からはまだ一度も先輩のことが語られていない。まるですっぽりと記憶から切り取られているように。あんなにも暗闇を怖がっていたはずが、車窓から流れる景色は真っ暗なのにも関わらずそこまで怖がっているようにも見えなかった。
(おじいちゃんは『白無垢の女にあてられた』って言っていた。ショックな出来事があったときに精神的に不安定になったり、記憶の混濁が起こるのはよく聞く話だけど……)
「古塚さん、本当にこの道を真っ直ぐ進めばいいんですね?」
「そうです。古塚家に向かう途中のトンネルを曲がった先だって言っていたから」
昔と今とでは道が全然違う。昔なら何日も何日も掛けて向かわなければ辿り着けなかった距離でも、車のある減台ではあっという間に辿りつく。
確かに道中は険しい山坂も多かった。しかし、白無垢の女を攫ってから、白無垢の恋唄の呪いが始まってから全く行き来もないような距離だとは思えなかった。
古塚家の人たちは罪の意識に苛まれて自らを咎人と呼んで長年に渡って儀式を続けてきた。でも、それは結局、自分たちのやったことが他に知られるのを恐れていたからではないのか。
(祠に閉じ込めて口封じをする。しかも、それを長年続けるためにきっと多くの子ども達が攫われて犠牲になってきた。恨みの連鎖が続くだけだ。……そう言えば)
と、美月はメッセージアプリを開いて母親とのトーク画面を開いた。兄を通じて登録しただけでやり取りは何もない真っ白な画面が現れる。
「先生……その、母さんのことは何か聞いていますか?」
「いや、それがわからないんだ。警察は全焼した屋敷には遺体はなかったって言っていたし……地下の祠にもいなかったしね」
(やっぱり、そうか……母さんももちろん儀式のことは知っていたはずだし、知っていて兄さんを連れて行ったはず。それなのに……一体どこに?)
大量の蟲が蠢いている白無垢の女の顔を思い出して身震いすると、美月は白い画面を閉じた。
「着いた……ここ……かい?」
「た……ぶん」
見渡す限り生い茂った背の高い草木しか見えない場所だった。車のライトの先に朽ちた木造らしき建物があるために、かつては人の営みがあったとわかる程度の荒れ果てた廃村だった。
「とりあえず降りてみよう。でも、危険があったらすぐに戻るように。古塚さん、懐中電灯と、これ──」
二俣から渡されたのは懐中電灯と、もう一つは弓袋と紐で縛られた矢筒だった。部室のロッカーに置いてあるはずの桜のデザインが施された美月の愛用品だ。
「……先生、これは……?」
「護身用だよ。念のため。あんな化け物に効くのかどうかわからないけど、何も無いよりはましかと思って。君なら、いざというときに中てることはできるだろう?」
「……でも」
逆に危険な可能性もある。冷静でいられないときに射ればあらぬ方向へ飛び、下手をしたら他の誰かに当たってしまうかもしれない。何より幽霊や妖怪のような存在に矢が命中するのかどうか全くわからない。
「弓矢は昔から神事に使われていたんだ。吉凶を占ったり、厄祓いとかね。験担ぎだよ。邪魔と思えば捨てればいい」
二俣が念を押して頷くと、美月は躊躇いながらも懐中電灯と弓袋を受け取った。袋を開け、矢筒を確認すると、弓と矢が六本しっかりと入っている。
美月は背中に弓袋と矢筒を括り付けると、乃愛と手を繋ぎ車から出た。
懐中電灯をつける。思っていた以上に草が伸びていて、下手したら胸の下辺りまで覆われて動きづらそうだった。
「乃愛、いけそう?」
乃愛はコクコクと頷くと、美月の右腕に自身の左腕を絡めた。これじゃあ、余計動きづらくなると心の中で苦笑いしながらも美月は前を行く二俣の大きな背中についていった。
乃愛の息遣いが聞こえる。これだけ密着しているというのに肌寒く感じるのは、標高が高いからか、あるいは単に風が冷たいからなのか。
懐中電灯の細い光が廃村の名残りを照らし出した。あちこちに落ちている朽ちた屋根や壁材らしきものの周りを草が覆い、人がいなくなってから長い年月が経っているのを物語っている。春だというのに虫や小動物の気配もなく、自分たちの歩く音と時折風の音が聞こえるくらいの静けさが村の中に閉じ込められているようだった。
先を行く二俣の足が止まる。ライトを高い位置で照らすと、小高い丘の上に忽然と集落が現れた。
「ここがあの人の故郷」
蝋燭に照らされた笑顔を思い出す。式を挙げる前日だったんだろうか。きっとみんなに祝福され、幸せの絶頂にいたはず。美月が今まで出会った女性の中でとても綺麗な笑顔だった。
(その笑顔を握り潰したんだ。永遠に)
「古塚さん、ここに何か手掛かりが?」
「まだ残っていればですが。──あるとすればやっぱり絵馬とかそういうものなんですか?」
歩きながら話を続ける。塗装や壁が剥がれ、中が剥き出しの家屋が並び住民がまだ住んでいた頃の家具が散らばっていた。
「確かに死後婚で使われたのは絵馬が有名だけど、他にも絵画や写真、人形などもあったって聞くよね。おそらく、形として残るものであればあらゆるものが利用できたんじゃないかと思うけど」
「写真はもうないだろうけど、絵や人形なら……」
「絵だといざという時に持ち運びづらいから、あるとしたら人形の方かもしれないね」
ここでも草木と一体になったような同じような廃屋が続く。廃屋を一つ一つ探し回るわけにもいかない。何かもっと明確にわかるような場所はないか。
「儀式が始まったのがいつからなのかわからないけど、少なくとも古塚家が代々村役を務めていたって言うんだから江戸時代のことだと思うんだよね。その頃は、農村なんかでは結婚すると言っても、今みたいな大々的な感じではなくて互いの家族や夫婦の間を取り持つ仲人がお酒を飲み交わすような習俗だったらしいんだ」
「そしたら、死後婚も同じように、家族の間だけ、ですか?」
だとしたらやはり一つ一つそれらしきものが残っていないか探す必要がある。ライトがないと足元さえ見えないこの暗闇の中で、それもいつ白無垢の女が現れるかわからないなかで虱潰しに探すのは難しい。
「死後婚のことはよくわからない。やはり死に関することだから寺にまとめて奉納するところもあるし、もしかしたら家で大事に保管しているところもあるかもしれない」
(寺……白無垢の女のあの記憶の場所はもしかして)
二俣の言葉がヒントとなって、美月の脳裏に白無垢の女が見ていて場所が思い出される。




