女の過去
むっとするような湿気が鼻腔を塞いだ。次いで木々の匂いが押し寄せ、風が髪を巻き上げていく。目の前では白い着物を着た髪の長い女が複数の男に羽交い締めにされていた。
(えっ?)
何が起こったのか、思考が全く追い付かない。病室にいたはずなのに、周りの景色は全然違うものに変わっていた。場所どころか時間もわからなかった。
また、悲鳴が上がる。女が出した悲鳴であることは間違いなかった。
「おい! 早く黙らせろや!」
「わかってるって、どこに……あったった、これこれ」
女を囲む一人の男が汚い袋から取り出したのは白い布のようなものだった。それを助けを求め続ける女の口へ噛ませると髪の後ろで縛り、声を上げなくさせる。
「ほら! 急いで戻るぞ! 暴れんな、オラ!」
頭に笠を被った男が容赦なく女の腹を殴った。鈍い音がして女は地面へと倒れた。さらに他の男たちが頭や肩、横腹に蹴りを入れる。その度に苦痛の声が女の口から漏れるが、暴行は止むことなく女が動かなくなるまで続いた。
笠の男が女の髪に唾を吐きかける。
「ったく、素直についてくれば痛い思いをしなくてすんだのに」
「そうそう。どうせこの後、散々痛い思いをするんだから抵抗するだけ無駄だって」
「慣れたら、そのうち自分から求めるようになったりしてな!」
「馬鹿なこと言ってねぇで。ほら、今度こそ行くぞ!」
振り返った男の目が美月と合う。飢えた野獣のような目だったが、男は美月に気が付くことなく女を抱えてどこかへ去っていった。
美月は一連の事態を見過ごすことしかできず、突っ立ていた。しかし、体は縮まり込み寒くもないのにひどく震えていた。冷や汗が額から噴き出し、呼吸も荒かった。
ややあって、喉が鳴る。
『攫ってきたのだ。おいそれと近付くことのできない遠くの村から。そして、その女と村の男どもが交わり、子をなした』
焼ける家の前で話していた祖父の言葉が何度も何度も繰り返される。
(攫った。今のは、じゃあ──)
長い黒髪は、白無垢の女の特徴と合致した。
「待って。そんなだって」
混乱する美月をよそに、また甲高い悲鳴が発せられた。
目の前が急に暗くなる。光が何も無い暗闇の中で女の叫び声が途切れることなく続いていた。それに混じって吐き気を催すほどの獣の臭いと複数の荒い息が美月を襲った。
(ここは……これは……)
あり得ないことだ。だが、目の前で起きていることは美月が思い付いたそれを示していた。
(これは過去……白無垢の女の過去……)




