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 白は黒を引き立たせる。赤い炎も消え失せ、光が何も無い真っ暗闇において強く存在しているのは白無垢を纏ったその女だけだった。


 白無垢の女は光に通らないトンネルの奥で佇んでいた。髪が風になびき、枯れ木のような細い肢体が風に煽られて左、右にと揺れている。


 野太い声を上げて、二俣は地面へと転がった。足がもつれて転んだのかもしれないが、慌てて立ち上がると美月の横へ並び肩を揺らす。


「……あ、あれが白無垢の女……本当に、本当にいたんだ! 古塚さん! 早く、逃げないと!」


「……は、はい」


 二人は車まで走ると急いでドアを開けて中へ入る。鍵はすぐに掛かったが肝心のエンジンが始動しなかった。


「なんで! なんでつかないんだ! くそっ!」


 美月は後部座席に乗り込み震える乃愛の体を抱き締めていた。窓から見える限りでは白無垢の女は車に乗り込む前と場所が変わっていない。つまり、なぜか動いていない。


 エンジンを動かそうと、二俣はブレーキペダルが壊れるのではと思ってしまうくらいに何度も何度も強く踏み込んだ。


「くそっ! くそっ! くそっ! かかれ! かかれ! かかれよっ!」


 大声で怒鳴る二俣の方へ美月の視線が動いた。腕の中にいた乃愛の悲鳴が上がる。気配を感じて窓を見れば女の顔が張り付いていた。


 心音が跳ね上がった。同時に美月の顔が引き攣る。


 窓に張り付いていたのは何重にも重なり合う蟲の塊だったからだ。毛虫に蚯蚓、百足、他にも名の知らぬ蟲が隙間なく文字通り美月の目と鼻の先で蠢き逆三角形の女の顔を形どっていた。


 いや、おそらくは女の顔に蟲が張り付いているのだと美月は思った。這いずり回る蟲の大群のその奥、眼窩の位置に墨を流したような常闇の瞳が覗いている。本能的に視線を合わせたまま、美月は乃愛の頭を抱えて座席の奥へと逃げていった。 


 顔の横に女の細手が並べられた。指の先からはナイフで指を切り落としたように血が噴き出している。その手が拳の形になり、窓ガラスへと叩き付けられる。──エンジン音が鳴ったのはまさにそのタイミングだった。


「やった……! か、かかった!」


「先生! 早く出して!」


 アクセルが思い切り踏まれ、ハンドルが右に切られる。白無垢の女を跳ね除けると車はトンネルを猛スピードで進み、外の光が見えてきた。


 乃愛の体を強く抱き締める。窓ガラスを見れば、べっとりと付いたはずの五本指の血の跡が白い光に当たり消えていった。


「白無垢の女……」


(……おばあちゃん。たぶん、信じたくないけど、あれはきっとおばあちゃんだった。兄さんだけじゃない……おばあちゃんも白無垢の女とそう呼んでいた。……何が起きてるの? 私の家に、流れるこの血に、何かあるの?)

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