絶叫
今どきまず見ないようなオカルト記事だ。美月は乃愛から引ったくるように雑誌を渡してもらうと、文字を追った。
「白無垢の恋唄」「白無垢の呪い」「白無垢の化け物」──数行読んだ程度でこの記事が何を書こうとしているのか美月には手に取るようにわかった。
この数日の間に自分が体験したこと、乃愛の身に起こったこと、そうして今まさに遭遇した怪異。「白無垢の女」にまつわる噂がまことしやかに掲載されているのだ。
記事はもちろん噂で終わっている。SNSを検索して出てきた情報をそれらしく順序立てて書いているに過ぎない。今に至るまで何度も流行してきた都市伝説の一種として、何も知らない読者は処理するに違いない。もしくは本当に起こったかもしれないこととして、一時の恐怖を味わうのかもしれない。
だが。
パンッと美月は勢いよく雑誌を閉じた。放心したような表情のまま元あった場所に戻す。
「最悪だ……」
美月はデニムパンツのポケットからスマホを出すと素早く画面を連打してSNSのアプリを開いた。案の定、ユーザーの投稿件数の多い「トレンド」に「白無垢の恋唄」が載っている。さらにタップすれば今見た雑誌のことや体験談、噂、戯言などあらゆる言葉が書き込まれていた。中にはインフルエンサーらしき利用者の名前もちらほらとあり、その投稿が瞬く間にどんどんと拡散している。
「これ……どうして?」
肩越しに画面を見ていた乃愛が何かが喉奥に引っかかったような声で呟いた。
「雑誌の影響だよ、ほら、これ見て」
画面をスクロールさせると今美月が読んだ記事と同じものがネット記事として上がっていた。記事の投稿も同じようにユーザーからユーザーへ拡散され続けている。
「今まではSNSの一部で知られていただけの噂だったのに、記事になったことで爆発的に広まったんだよ」
面白おかしく構成した記事の内容も決して噂の範疇を超えるものではない。しかし、実在する週刊誌の記事になるということで、その噂には箔が付き信憑性が増すことになる。
「このままだといろんな人が白無垢の恋唄の呪い──いや、呪いを実行してしまう」
乃愛がすがるように美月の腕を触った。
「どうなっちゃうの? みーちゃん、みんなが白無垢の恋唄をしてしまったら……どうなるの?」
「そんなこと聞かれても……わからないよ……」
暗闇に浮かび上がる白無垢の女が美月の頭をもたげた。
(あれが、あの化け物が呪いを実行した人全員のところに行く? そんなこと──でも、加護先輩は? 森久保先輩は? 乃愛のところにも来たし──)
「はっ……あぁっ!」
乃愛が声にならない声を上げた。横を向けば両手で口を押さえている。
「乃愛、どうしたの?」
肩を触るとまた震えている。身震いをしながら乃愛はその場でしゃがみ込んでしまった。
「乃愛、大丈夫? 乃愛っ!」
「……みーちゃん」
震える声で美月の名前を呼びながら乃愛は顔を上げた。目の端に涙が溜まり、すぐにでも零れ落ちそうになっている。
「私、先輩に呼び出されてここへ来たの。だけど、先輩は? 先輩はどこ? ……あ、あのさ、あの、あの女の人……もしかして先輩の……とこ」
美月は息を呑んだ。後ずさりをして棚に当たり雑誌を落としそうになる。あまりにも異常なことが起きすぎて忘れていた。
(乃愛は東條先輩に呼ばれて来たんだ。でも、あのときの乃愛は様子がおかしかった。本当に東條先輩から電話が掛かってきたのか、確かめる必要がある)
美月もしゃがみ込むと乃愛と同じ目線に合わせる。雑誌を見ようとやってきたのか、大柄な男が二人の様子を見て眉間にシワを寄せると別の棚へと移動していった。
「……乃愛。本当に掛かってきた電話は東條先輩からだったの?」
これ以上乃愛を追い詰めないように腕の辺りを擦りながらゆっくりと優しく尋ねる。
「うん……先輩で……間違いないよ。だって、ほら」
乃愛がスマホを見せてきた。画面には東條先輩とのメッセージのやり取りが映っていて、乃愛が家を出た頃の着信時間も載っている。
美月は頷いた。確かに電話をしていたのは間違いない。だが、電話相手が本当に東條先輩なのかの確信はできない。
(別の相手の可能性もある。もしかしたら、乃愛を誘き寄せるためにあの化け物が──なんてことは流石にない、か?)
こうなってきたら何が起きても不思議ではない。何をされるかわからない。美月が乃愛に伝えるべき言葉を選んでいると、店内がざわざわと騒がしくなっていることに気が付いた。
さっきの男が店員を連れて窓のところへ駆け寄っていくと、窓の外を指差して何かを話している。
美月は周りを見回しながら立ち上がった。乃愛も慌てたように後に続く。
カウンターにいた眠たそうな店員までもが窓の所へ走っていく。他の客も次々と集まってきた。
遠くにサイレンの音が聞こえた。美月も恐る恐る窓の外を窺う。暗闇の中には何も見えなかった。白無垢の姿はもちろんなく、誰も歩いてはいない。
(いや、違う……?)
目を凝らしてよく見れば、誰かの人影が見えるような気がした。
(でも、何? なんか……)
サイレンの音がどんどんと近くなり、救急車とパトカーの赤いランプが見えてきた。コンビニの駐車場に入ってきたところで車のライトが暗闇の中を照らし出した。
「! ダメっ! 乃愛! 見ちゃダメ!」
美月の忠告は遅すぎた。ライトの光が容赦なく照らし出した先には、人が仰向けに倒れていた。腕や脚は人体を無視したあり得ない方向に折れ曲がり、身体中が何か刃物のようなもので切り刻まれ、赤いインクでも浴びたように真っ赤に染められていた。何よりもその顔は遠くから見てもわかるほど恐怖に歪んでいる。
見覚えのあるその顔は、美月の兄の友達で乃愛の想い人の顔だった。
絶望を感じさせるような絶叫が店中に響き渡った。




