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君と歩んだ地獄手記。  作者: 秋月
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第一章 六項 孤立と孤独

1904年 満州・車両内にて


「貴様らも知っての通り我々はこれより、前線に向かう!気を引き締めて事にかかれ!」

兵士たちを乗せたその汽車はまるで通夜のように静まり返っている。そこには情熱だとか熱狂とかそういった祖国のために自分たちがヒーローにならなければならない。という様な正義感はなく、ただひたすらに戦場への恐怖と絶望で包み込まれていた。もちろんその場にいるボリス以下三名も同様で誰一人として喜びという様な感情を表したものはいない。彼らが絶えず思っていたのはいつまで続くのかということである。「早く帰りたい」という切実な思いを胸に押し込め皇帝のために働くのである。事実、後に革命が起こるように、ほとんどのものがこの暴君に対してよい思いはしていなかった。


次第に線上に近づく線路を走るたびに響くガタンゴトンという音がまるで彼らの終わりの始まりをカウントダウンしているかのようであった。中には思いつめ、戦場に着けば必ず死んでしまうと思う心の弱いものからその恐怖に堪え切れられずに社内で吐く。そのたびに兵士たちはゲロくさい車内に閉じ込められるのである。戦場以前の苦しみに苦しめられていたその時、大きなブレーキの音と共に次第に減速し、ガタンとの音が車両全体に響いた瞬間、全車両がその場に停車した。


「降りろ」

と叫ぶ将校の声と共に、兵士たちがまるで奴隷のように詰め込まれている全貨物車両の扉が開かれぞろぞろと外に出てきた。

「グズグズするな!さっさと出ろ!貴様たちは駐屯地でもそんなに怠けていたのか!」

そう叫んだ瞬間その場にいる兵士全員が全速力で整列を開始し、各車両に積まれていたライフルが全員に渡され始める。


「諸君!前線は近い!これより先は線路が通っていないため行軍によって前線へ向かうぞ!」

やっとゲロくさい部屋からの解放かと思えば、何キロ、何十キロ続くかわからない遠足の始まりである。

全員が弁当やお菓子の代わりに、弾薬とライフルを担いでいる。この数百人の行列は私をいったいどこへ連れていくのだろうか。




ある寒い秋のことである。

長い間、塹壕内で立っていた私は一休みしようと座れる場所を探していた。すると、アレクセイのそばに座れそうな空間を見つけ、これはいい場所だと思い足早に近づいて行った。

暫くその場所で休むことにして、ライフルをもって体の前に置く。震えるような冷たい風に吹雪かれて一面、茶色の世界に耳を澄ませてみるとタバコの先が燃える音や昨日の戦闘の傷で呻く者の声、遠くの方に敵の声が聞こえる。私が塹壕の端で休んでいる間も人が通らないわけではなく、何分かおきに一人、また一人と通り過ぎてゆくのであるが、最近この戦場に来た私からすれば知らない人が通り過ぎていくというどうでもいいことのように思えた。



敵の攻撃が始まった。

毎回そうであるように今回の攻撃も敵の砲撃から始まり、味方にある程度の被害を出したのだろう。しかし、そんなことはどうだってよかった。私のほかにこの戦場塹壕にはアレクセイとエフセイがいた。ほとんどのものが震えている。両手でしっかり構えているはずの銃が何故か震えているのである。

「そろそろか」

ボリスはぽつりと言った。

次第に、日本兵たちの叫び声が聞こえてくる。最初は小さいが、徐々にその波の音は大きくなってきた。

さっきまでは静かだった味方陣地の機関銃があちこちで爆音を響かせ始める。敵の声が大きくなるにつれて次第に日本兵たちがその姿を見せ始めた。


ボリスは急いでリロードして敵を撃つ。しかし、最前線にいる日本兵たちは盾をもって前進してくるため全く弾が当たらない。幾ら撃っても当たらない恐怖。悪魔のように襲い来る日本兵。しかし、幸運なことに、こちらに爆弾を投げようとしたのかその爆弾が誤爆して前線にいる一部の兵士の盾を吹き飛ばした。空かさず我々はそこに弾丸を撃ち込む。なすすべもなく倒れていく日本兵。一瞬だが撃ち殺すのが楽しいと思った自分がいた。しかし、向こうも、もちろん撃ち返してくる。流れ弾の一つが私の右にいた男の頭に命中し、彼は立ったまま後ろに倒れ絶命した。もしこれがもうちょっと左だったと考えるとゾッとする。しかし、そんなことを考えてもどうしようもないからひたすらに撃ちまくる。もう日本兵はどうしようもないくらい目のまえに迫ってきていた。どうしようもないことを悟った将校がその塹壕にいる兵士に対してこのような命令をした。

「塹壕から出ろ。突撃!」

兵士が一斉に塹壕から飛び出し、彼らは気合を入れるため、あるいは声を出すことで恐怖を打ち消すために叫びながら弾丸のシャワーを浴びせるために撃ちかけた。有刺鉄線に引っ掛かる者、どこか体の一部が玩具の兵士のように欠損したもの様々なものがいたが、構わずに撃ち殺した。これは、恨みとか敵討ちとは違う。ただ、殺らなければ殺られるという真理に基づいたものであった。不意に、アレクセイは無事だろうかと思った。さっきまで隣にいたはずなのに今は隣にいない。周りを見渡すと彼を見つけることができたその瞬間一発の弾丸が彼の体を撃ち抜き、彼の背中からは羽が生えたように一瞬幻想的な姿に代わり、跪いて崩れる。

「おい!」

私はあまりの衝撃に言葉が出なかった。

すぐに私はアレクセイに駆け寄る。

「アレクセイ!アレクセイ!起きろ!」

彼の体を揺さぶっても反応がない。

その時、彼はすでに絶命していた。アレクセイの首にかけれらたロケットペンダントを遺族に渡そうとアレクセイの首から引きちぎってポケットに入れ立ち上がった瞬間。私の目の前に若い日本人将校があらわれ、彼に斬られて私は死んだ。




気がつくと知らない場所にいる。

そこは、今まで戦ってきた戦場というわけではなく、私のよく知る街の風景でもない。



目が覚めて少し経つと、遠くにイリアが見える。そのイリアは声なき声で私に対し必死に話している。ただ唯一、分かったのはイリアの話かけている対象は私であるということだけだ。懐かしさと申し訳なさもあってイリアのところへ近づいていくと小さな馬車が一台、都市の大通りかというほど大きな道の真ん中にぽつんと止められていた。


イリアはこちらに近づいてきて身振り手振りで私に何かを伝えようとしており、そしてイリアは私に対してこの馬車に乗るようにと誘導しているかのようである。


知らない場所で、見たことのない服装の人々、私は引くに引けない状況にある。


「しょうがない。この男に賭けてみるか」


周りの景色を馬車についた直径十センチぐらいの小窓から覗き見ていると、とてつもなく大きな建物が馬車の目の前に姿を現した。

そこはかつて私が働いていた銀行であった。


相変わらずどっしりとそこに腰を据えるこの石造りの建物を前に私は再びこの場所に再会できたことに感動していたのであるがしかし、目を凝らしてみればところどころ薄汚れているのがわかる。私は一瞬不思議に思ったがとりあえず、正面の階段を上り、中へ入った。玄関をくぐると、荒廃しグチャグチャにされたロビーが広がっている。


「ここからはお前は自由だ」

突然、イリアの顔をした何者かが私に言った。声こそ同じといえども、言葉づかいが明らかに違った。

誰なんだ君はと私は、振り返りその怪しい男に問おうとした。しかし、そこにはその男の姿はなくなっていた。


私は、走って銀行から出て辺りを見渡す。しかしながら、どんなに目を凝らしても彼の姿は見えない。

その後、その物置と化したロビーを抜けてオフィスに出る。

「誰もいないのか」

さらに階段を上がって二階も回ったが誰もいない。地下の私たちの事務所を覗いても誰もいない。

私はその誰もいない銀行で行き先もなくたった一人になったのである。


その時からの孤独は長かった。春も夏も秋も冬も誰も私の目の前には表れない。


ある時、人影が現れた。どうせ怖いもの見たさに入ってきた馬鹿な連中だろう。

その影は二つある。どちらも軍人の恰好をしていた。

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