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第一話『高校デビューをするつもりだった俺が出鼻を挫かれた話』

 皆には、幼馴染みという存在は居るだろうか。

 フィクションに没頭する人間ならば憧れを抱く事だろう。家が近く、何故か朝に起こしに来る。登下校を共に行い、砕けた間柄故の言い合い。だがその中に、僅かに異性である意識がそこには存在する。

 が、それは全て妄想である。いや幻想である。希望である。

 そんな意識は存在しない。いやそれ以前に朝起こしに来るなんて事も登下校も、まず会話すらまともに行わない。

 希望を壊す様で申し訳ないが。それが、現実である。

 夢の高校生となった俺、矢崎浩一(やざきこういち)には幼馴染みが居る。

 家も隣である。学校も同じである。幼稚園、小学、中学、高校。全て同じであり、現在はクラスも同じである。

 更に、羨む事なかれ、席すら隣である。

 だが、皆に現実を告げてやろう。

 会話は、していない。

 がしかし。ここ最近で俺しか知らない彼女の秘密を知る事ができた。それによってか、会話。いや、一方的な会話のドッチボールは少しずつする様になってきていた。

 彼女の秘密。そう言ったが、実は彼女自身も気づいていない。いわば、本当に俺しか知らないのだ。

 そう、その秘密とはーー


「おはようございます!浩一君!」


 隣に座る、幼馴染み。さらっとしたミディアムヘアが美しい芳田由依(よしだゆい)は、いつもとはまるで真逆の笑顔で、普段は絶対に行わない元気な挨拶を俺に向かって放った。


「おはよう」


「今日もっ、一日張り切っていきましょー!」


 俺の隣で、そう意気込むと共に手を挙げる。

 彼女の秘密。

 芳田由依の中には。実は天使と悪魔がいるのだ。

 意味が分からないだろう。

 それは比喩でも何でもない。彼女には人格が複数人いるわけでも、日によって天使の様な性格の時と悪魔の様な性格に変わるというわけでもない。

 正真正銘、彼女には天使と悪魔が住み着いている。

 俺は、今日の彼女が天使である事に気づき、口を開く。


「あの、芳田さん。来週のテストの日程って知ってーー」


「ふんっ!そんなのも知らないわけ!?教えてあげないからっ」


「あ、」


 突如、由依は急変した様に態度を変える。それ故に、俺は理解する。

 そうか、今は悪魔なのか、と。


「...」


「...」


 少し面倒くさい悪魔には、なるべく話しかけない方が良いと。俺の中で把握している。

 そのため、悪魔だと理解した際にはこうして沈黙を貫いているのだ。

 が。


「...何よ。も、もうちょっと粘らないわけ、?」


「え?」


「あ、あんた日程知りたいんでしょ!?それなら、もっと教えて下さいーって、懇願しなさいよ!」


 突然、由依はこちらに迫り顔を真っ赤にする。

 そう、この悪魔は。超がつくほど寂しがりで、ツンデレなのだ。


「...教えないって、言われたから」


 俺は、そうわざと悲しそうに口を尖らしてみる。するとどうだろうか、由依はそれに動揺し、目を泳がすと少し俯いて口を開いた。


「あ、あんた、、素直すぎんの、、そんなんじゃ、悪魔に騙されちゃうよ?き、今日はそこまで気にするあんたに免じて教えてあげる。次はないから覚悟する事ねっ」


 由依は。いや、悪魔はそう目を逸らして言うと鞄の中からクリアファイルを取り出し、日程表を探す。

 もう一度言おう。この悪魔はツンデレである。それと同時に、とても扱い易い。

 本当は心優しい性格を、悪魔のプライドが邪魔している。そんなところだろう。そこが可愛いのだが。

 俺がそんな事を考えていると、見つかったのか由依はプリントを一枚取り出すとそれをこちらに突き付けた。


「んっ!感謝する事ね」


「あ、ありがとう!助かった、、今度またーー」


「は?何勝手にうちのプリント持ってんの?ありがとうとか貸したつもりないんだけど。気持ち悪いから返してくれない?」


 俺が頭を下げて感謝を告げた後、顔を上げるとそこには仏頂面の由依が居た。

 そう、これは。

 本当の由依だ。


「ああ、」


「何?情け無い声出さないで。日程知らないのは自分のせいでしょ?」


 俺の手からそれを奪い返すと、朝のHL(ホームルーム)の時間となり担任の教師が入室する。

 それを目にしながら、俺は改めて思う。

 由依は、悪魔よりも悪魔だ、と。


             ☆


 あれは、かれこれ数週間前。

 入学式の数日前、妹に呼ばれて俺は目を覚ました。


「なんだ?寝てたのに」


「そういう言い方無いでしょ馬鹿にぃ!由依さん来てるよ。お兄ちゃんに用じゃない?」


「え、?芳田さんが?」


 由依が家に来るなんて事は小学生以来である。

 まだ幼かった妹と三人で、よく公園やら家でゲームやらで遊んでいたのだが、小学四、五年生あたりから。異性との遊びに抵抗が生まれたのか会話すらしなくなっていた。

 そんな由依が、突然なんの用だろうかと。俺は半ば困惑気味に玄関を開けた。

 すると。


「おはようございます!今日はいい天気ですね!」


「あ、え?あ、ああ。え?」


 俺は意味が分からずそんな間の抜けた声を発した。いやいや。こんな性格では無かった気がする。いや、それどころか、久しぶりに足を運んだ第一声はそれだろうかと。

 俺は酷く頭を悩ませた。と。


「あ、ごめんなさい!その、やっぱり変でしたか?」


「やっぱり?いや、変、というか。何というか、、どうしたの?突然」


「やはり、貴方は騙せませんでしたね」


 何やら会話が成立しない様だ。困った事になったと、俺は頭に手をやった。

 だが、そんな俺を差し置いて、由依は改めてそう切り出した。


「改めまして、おはようございます。初めまして、ですね。浩一君」


「な、ど、どういう、?」


 俺は更に困惑した。

 まず、由依が俺の事を名前で呼ぶ事なんて無い。本当にこの人は由依なのだろうか。いや、初めましてと言っているのだ。双子かもしれない。

 双子だったら、俺が知らない筈無いのだが、と。そう脳内で考察しながら話を聞くと、その様子を察したのか、本題へと入る。


「あ、あの。実は私、こういう者で」


「え?」


 なんと、手渡しされたそれは名刺であった。

 それは画用紙で出来ており、見た目は明らかに幼稚園児の制作だったが、そこに書かれていた文面に言葉を失う。

 天使学校在校、アズリール。


「...」


「...」


 俺は名刺と由依を交互に見る。目の前の彼女は、ニッコリと微笑んでおり、どうですかと言わんばかりの威圧も僅かに感じる。


「...作ったのか?」


「はい」


 どうやら頭がおかしくなってしまった様だ。


「病院に連れて行ってやるからそこで待ってて」


「えぇ!?信じてませんね!?」


 肩を震わせ、由依はそう怒りを口にする。


「いやどう見てもこれは図画工作だろ、、それとも、過去に作ったやつが最近出てきたのか?」


「いえ、先週作りました。このために」


「律儀だなっ」


 そんな自分でも意味の分からない会話を繰り広げたのち、俺は改めてその名刺に目をやり口を開いた。


「あの、、このアズリールってのは、」


「私です!」


「...え?」


「あの、話をすると長くなってしまうんですけど、私は、その、実は天使でして、この方のお体を借りていると言いますか、」


「いや意味が分からないが?」


 俺はそのまま返す。

 今はこういうのが流行っているのだろうか。いや、由依に限ってこんな事をする筈が無い。それなら、二重人格だろうか。それが一番近いかもしれないが、今までそんな事は無かった。

 俺が悶々と考えていると、続けてその由依。いや、アズリール。と、呼んでいいのかは謎だが、その人物が割って入る。


「そしてですね、お隣さんには挨拶をしておかなければと思いまして」


「ああ。それで」


「それに、凄いんですよ、この方!貴方の事を凄く想ってらっしゃるんです!」


「え?」


 この方。とは、恐らく由依の事だろうが。

 由依が、俺を想っている。そんな夢の様な話があるだろうか。いや、前は俺の友達の(みこと)が好きだと言っていた筈なのだが、変わったのだろうか。


「そ、その根拠は、?」


「部屋に貴方の写真が沢山ありました!」


 ぴょこぴょことしながら嬉しそうに放つアズリールに、俺は顔が熱くなるのを感じた。

 普段は素っ気なく、会話もろくにしていない幼馴染。その人が、実は隠れて俺を想っていた。

 なんて主人公展開だ。

 俺は鼓動が早まるのを感じた。と、同時に。


「あの、信じられない様でしたら見せましょうか?」


「えぇっ!?それは?どうやって」


「部屋に来てください!」


             ☆


「お、お邪魔します」


 玄関を潜り、階段を登る。

 由依の家、更に部屋なんていつ以来だろうか。変わっていない内装に記憶を取り戻しながら、俺はゆっくりと一段一段足を進める。


「人様を勝手に家に上げてしまわれるのは良くないとも思いましたが、貴方は良くこの家に出入りしていると、写真から推測しました!」


「...ま、まあな」


 それは、もう四、五年以上前のことだが。俺は突然追い出されるのを避けるため、そう言葉を濁して返した。

 すると、部屋に到着した様で、アズリールが「どうぞ」と扉を開ける。

 と、そこは。前に遊びに来た際の内装とはかけ離れた光景が広がっていた。


「おお、」


 なんだか、良い香りも漂い、昔置いてあったぬいぐるみは消え、美容品や鏡、アイドルのポスターなどが見受けられた。

 即ち、俺の想像する女子の部屋、そのものだったのだ。

 そんな部屋に圧巻されている俺を横目に、アズリールは証拠品を探す。

 すると。


「あ、ありました!」


「おっ、本当か!?」


 ズルズルと引っ張り出したダンボールをゆっくりと開ける。そこにはーー


 ーー大量の、俺の写真があった。


 だが、どこかおかしい。

 全ての写真に亀裂が入っており、どこか"切った跡"が見られた。

 まさか。


「おいこれ処分品じゃねぇーかっ!?」


「えっ」


 つまり俺と由依、尊が三人で写っている写真から、俺という邪魔なコバエを除去した処分品だということだ。


「おいこれ俺の事が好きなんじゃ無いぞ!?」


「えぇっ!?そうなんですか!?」


「ああ。芳田さんは元々尊が好きでーー」


「へぇ。なんだか面白そうな話になってきたわねっ」


「え?」


 誰だ、突然話を割って入ったのは。

 いや、おかしい。この場には俺と由依の二人しか居ない筈。だとしたらまさか。


「あんた、この子が好きな人じゃ無かったわけね。良かった!清々したわ!」


「...どちら様ですか?」


「ふん。あんたみたいな下人に教えるわけないでしょ!あんたとあたしは格が違うの!か、く、がっ!」


 悪い予想は当たってしまった様だ。

 どうやら由依は二重人格では無く、多重人格者だった様だ。

 頭が痛くなりそうだった。

 そのため俺は、なるべく考えない様にと彼女を無視し、ダンボールを片付け始めた。がしかし。


「な、なんで引き下がるわけ!?下界の民ならそれらしく、もう少しあたしに興味持って頭下げなさいよ!」


「...あ、もう、平気です。とりあえず、人違いだったっぽいんで、俺はここら辺で」


「なっ」


 俺がそう手を前に出して拒否すると、由依。ではない誰かはプルプルと震え出す。

 何かマズい雰囲気を感じ取った俺は、そそくさとダンボールを閉まってその場を後にしようとしたが、しかし。


「ちょっと待って」


「え」


 突如、袖を掴み俺を止める。


「今日だけね。名前が分からないと不便だもの。あたしが教える代わり、あんたも教えて」


「...」


ーめんどくせぇー


 俺は冷や汗混じりに心底面倒くさそうに彼女を見据えた。だが、そんな事も露知らず、彼女は立ち上がった。


「天使のやつは律儀に名刺なんて作ってきたみたいだけど、あたしはそんなもの無いから。一回しか言わないからよく聞いて覚える事ね」


 由依は一度髪をサラッと流すと、目つきを変えて胸ポケットに手を入れそれを取り出した。

 ずっと先端が見えていたそれ。その正体は。

 名刺を作る際に使用したであろう油性のペンであった。

 まさか、嫌な予感がする。

 そう思い、俺が止めようとした時には既にーー


「はぁっ!」


「あああああああ!」


 彼女は、部屋の床に名前を書き入れた。


「あたしの名前はラミーア!あんたみたいなボケッとした顔の下界の民を恐怖させる存在!」


「あ、ああ、なんてことを、」


 俺は、地面に手をついて息を吐いた。

 こんなもの、由依が見たらどんな反応をするだろう。俺は居合わせたというだけで訴えられるかもしれない。


「あんた、思ったよりいい顔するわね。どう?あたしの風格は?どうやら、借り物の体を貫通して伝わるみたいーー」


「何やってんだ!」


「へっ!?」


 突如俺が声を上げ立ち上がったからか、ラミーアは驚いた様に尻餅をついた。


「な、なんてことを、こ、これで俺のせいにしたらタダじゃおかないからな!」


「えっ、ええっ、ち、ちょっと、、そ、そんなのっ」


 俺がそう声を荒げ、それに動揺と共にラミーア涙目になった。その瞬間、背後で。


「「っ!」」


 ダンボールが入っていたクローゼットを開けっぱなしにしてあったが故に、中の"それ"が倒れた様だ。


「こ、これは、」


 倒れたそれを目にし、俺は先程の発言を撤回した。目の前に倒れたものは、昔から枕元に置いてあったーー


 ーー由依が大切にしていたぬいぐるみの数々であった。


「まだ残ってたのか」


 俺はしみじみとしながらクローゼットへと戻り、ぬいぐるみを持ち上げた。


「前はこれが無いと寝られなかったんだよなぁ。な?ラミーア、さん?これってまだ芳田さんが大切にーー」


「おい」


「っ」


 振り返った先。そこには、怒りを露わにしながらゆらゆらと立ち上がる由依の姿があった。


「えっ、あ、ラミーア、さん?」


「は?誰?それ」


「え、あ、いや、これは、その」


 その様子に、俺は何かを察する。これは、まさか。


「何やってんの?不法侵入。これ立派な犯罪だけど?」


「いや、芳田さんが入っていいって言ってーー」


「そんな事言うわけないでしょ?いつの話してるの、、っ!」


 由依は呆れを含めた静かな怒りを口にすると、その直後。俺の後ろにあったぬいぐるみを見つけて目を見開く。


「...」


「...あ、ああ!これ、ラミーアが、ああ!違っ、えと、アズ、じゃなくて芳田さん!前好きだったよな!これがないと寝れなかったんだぞ?覚えて、、っ!」


「...何ラミーアだのアズだの。適当な事言って。勝手に人んち入って、勝手に見て。...許さないから。絶対っ、許さないからっ!」


「そ、そんな怒らなくてもいいだろっ!ま、まだ枕元に置かないと寝れない訳じゃ、無い、わけだしっ」


 俺が必死に言葉を練る中、由依はどんどんと顔を赤くしプルプルと震え出す。

 あれ。まさか、図星だったのだろうか。

 俺はそれを察して、冷や汗混じりに余計な事しか言わない口を噤む。

 マズい。これは、爆発する。

 俺は警察への通報を恐れて、この場を逃れようと立ち上がった。が、刹那。


「何?もしかして修羅場!?」


「はっ!?」


 突然、由依がハッと目を開いて、部屋を後にしようと歩みを進める俺に目を向けた。

するとーー


「どうやら、あんた乙女のプライバシーを覗き見したみたいね。少し反省しなさい!」


「えッ!?あっ!」


 どうやら、それはラミーアだった様だ。

 由依だと思っていたその人物は、逃げ惑う俺を捕まえ、部屋へと引き摺り込む。

 最悪だ。


「や、やめっ!?てか、元はと言えばお前がーー」


「ふーん。そういう口答えするんだぁ。だったら、あたしがーーっ!」


「え、?」


 突如、ラミーアが口を噤み、地面を見て目の色を変える。それに、俺も続いて、その目線の先。地面を見据える。

 そこには、先程の油性のペンで書かれたラミーアの文字があった。

 いや、そんな不運があってたまるか。

 ラミーアは先程自身で書いたが故にそんな反応はしない筈である。ならば、アズリールだと、そう信じたかったのだが。


「何?不法侵入してプライバシーを侵害して、それだけでは飽き足らず建造物損壊までして。許さない」


「で、ですよね、」


「何がですよね?許さない、犯罪者。お前の事訴えるから。お前の写真撮って、他人って事にしてここでした事書いて、SNSで拡散するから。そう簡単に帰れると思わないで」


「いやそれはとばっちりだろう!?」


 由依は、そう俺を睨みつけ、恐ろしい形相で吐き捨てる。「今日は帰さない」的なその台詞は、違う意味では聞きたかったが、どうやら、現在においてのそれは、絶望でしかなかった。

 現状は未だ理解出来ない。ただ、これだけは言える。

 俺の高校生活のスタートダッシュは、こんな意味の分からない存在により見事に失敗した、と。

 俺は彼女の言う罰を受け、悲惨な声を上げながら、そんな絶望を噛み締めたのだった。

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