ぬいぐるみと優しい女の子
寒い日の朝に……
[寒い……]
ある冬の朝、とある駅のゴミ箱の上に、白い熊のぬいぐるみが置いてある。きっと、誰かが捨てたのだろう。
[……どうせ、僕はこのまま捨てられるんだ……処分されるんだ……]
熊の声は、歩いている人には聞こえない。熊は、自分のこれからを考え、悲しくなっていた。
[……楽しかったのにな~……]
熊は思い出していた。暖かい部屋、自分を抱き締めてくれた小さな女の子、部屋のすみに置かれ、毎日女の子が声を掛けてくれた事。
[楽しかったな~……]
女の子はどんどん大きくなり、やがて、その家を出て行った。大学に行き、今では学校の先生になっらしい。
[……随分と可愛がって貰ったな~……しょうがないのかな~……]
熊はよく見ると、あちこちに傷が有る。目も取れ掛けており、お世話にも綺麗とは言えない。
[……楽しかったし、しょうがない……]
熊は視線を地面に向けた。涙が溢れたのだが、その涙はとても少なく、誰にも分からない。熊は諦めていた。
「お母さん!」
「な~に?」
「この熊、可愛い!」
「え~……汚いんじゃないの?」
「そんな事ないよ~!」
「……絵里ちゃんがそう言うなら……持ち主が現れたら、ちゃんと返すのよ」
「は~い!」
不意に熊は、絵里という女の子に拾われた。絵里は大事そうに、熊を抱き締めている。
「よろしくね!パズちゃん!」
「もう名前付けたの?」
「うん、可愛いから!」
絵里はパズを抱き締めながら、家に帰った。
絵里の家に着いたパズ、一緒にお風呂に入り、綺麗に洗われた。
「絵里ちゃん、貸して。目の所、直して上げる」
絵里のお母さんがパズを乾燥機で回す。
[め、目が回る……気持ち悪い……]
パズは乾燥機が嫌いになった。乾いたパズ、そのまま絵里のお母さんが目を直してくれた。綺麗になったパズ、見違えた。
「今日から一緒だよ、パズ!」
絵里はパズを抱き締めて、本日は一緒にお休みである。
翌日より、絵里は何処に行くにもパズを連れて行った。パズは絵里のお気に入りであり、それこそ、公園で絵里が泥んこになった時等、パズも泥だらけである。
「お風呂に入っちゃいなさい!」
お母さんに言われ、絵里はパズとお風呂に入る。
[乾燥機が……]
パズは困っていたが、絵里はそんな事は気にしていない様子。どんな時でも、絵里はパズと一緒である。
そんなある日、今日も絵里はパズと遊んでいる。公園の砂場で、絵里はパズを連れてご満悦。
「なんだよ、この汚いぬいぐるみ!」
近所のいじめっこが、絵里からパズを取り上げた。
「返してよ!」
「こんなの大事にしてんの?ばっかじゃねぇの?」
いじめっこはパズをぐるぐる回し、何処かへ投げてしまった。パズは遥か遠くに飛んで行ってしまった。
「パズ~!」
絵里は飛ばされたパズを追い掛けて行く。道路の向こうに行こうとした時、
[プップー!キキーッ、ドン!]
絵里は車に跳ねられてしまった。
救急車に運ばれ、絵里は近くの大きな病院に運ばれた。絵里の両親も病院に行き、絵里に付き添っている。
パズは1人、道路脇の草むらに横たわっていた。
[絵里ちゃん、大丈夫かな~……]
パズ、寒さや痛さより、優しい絵里の事が心配な様子。
[絵里ちゃん、元気になるといいな~……]
誰にも見向きもされないパズ、それでも考える事は絵里の事である。
[その願い、叶えようかの?]
パズの目の前には、白髪の老人が表れた。
[儂なら、叶える事が出来るぞい?]
[本当に?]
[本当だとも。しかし、それには条件があるのじゃが……]
[条件は何?]
[絵里ちゃんの代わりに、パズ、お前がこの地上を離れる事になる]
[僕が離れる?]
[そう。絵里ちゃんの代わりに、お前の命を貰う。どうじゃ?]
[僕の命で助かるなら!]
[決まりじゃな。では……]
白髪の老人、パズの手を持つと空高く舞い上がった。
[さて、少し疲れるがの……]
老人の手が輝くと、絵里の運ばれた病院の一室の窓が光った。
「先生、大変です!」
「どうした?」
「患者が、息を吹き返しました!」
病院では、大騒ぎである。
[ありがとう……名前は?]
[そうじゃな~……何だと思う?]
[神様!……きっとそうだよね!]
[当たらずとも遠からず……ってとこかの?]
[バイバイ、絵里ちゃん!]
老人とパズ、笑顔で空の彼方に消えて行った。
数日後、絵里は無事に病院を退院した。
「お母さん、パズは?」
「そういえば、何処に行ったんだろ?」
「……いじめっこが投げて……」
「酷い事をするのね……でも、絵里ちゃんが無事で良かった」
「あのね……パズがバイバイって……お空に消えて行ったの……」
「??……そう……パズも帰ったんじゃないのかな?」
「……うん、きっとそうだよね!」
絵里の弾ける様な笑顔が見える。パズの守った物は、とても大きな物である。
[うんうん、たまにはこれも良きかな。生きるべき人は、生きて行かないと困る。さてパズ、これからは儂の仕事を手伝って貰おうか?]
[仕事?]
[そう。お主、なかなか見る目が有るからの~!儂の仕事のパートナーにピッタリじゃ!]
[……仕事ってな~に?]
[そりゃあ……儂は死神じゃ]
[何するの?]
[お迎えをする者をじゃな……まぁ、良い人か悪い人か、儂に教えてくれ]
[それなら……誰も手伝ってくれないの?]
[儂は、嫌われているでな]
[こんなに優しいのに?]
[……仕事柄、微妙じゃの?]
パズには、パートナーが付いた。これから、パズはずっと1人じゃない。パズは、もう寂しくない。
[パズよ、これからは儂とずっと一緒じゃよ]
[……しょうがないな~……]
[しょうがないとは何じゃ?]
[だって~……絵里ちゃんと比べたら~……]
[比べんでよい!]
楽しそうな毎日が待っていそうである。
[絵里ちゃん、これからも元気でね!]
もしかしたら、死神の気まぐれなのかもしれない。でも、心優しい絵里と心優しいパズだから、この気まぐれが起きたのかもしれない。優しい女の子と優しい熊のぬいぐるみ、この2人の様に世界が優しさで溢れたら、きっと世界は幸せになるのに……
もう一つ、死神、本当は優しい男なんです。
[辞めい!儂の仕事に差し支えるわい!]
だそうなので、この事は、この物語を読んで下さった皆様の内緒にして下さいね。後、死神が熊のぬいぐるみと一緒に現れたら、絶対に笑わないで下さいね。
死神も優しいのかも……