95『等々力渓谷』
くノ一その一今のうち
95『等々力渓谷』そのいち
え……卒業?
「うん、三年生は先週で授業が終わって、あとは卒業式だけだからな」
嫁持ちさんが、わたしの姿形で言う。
「明日は学年末テストの最終日だけど、自分で行くか?」
「そ、それは……」
三年生になってからは半分も学校に行けてないし、定期考査は一度も受けていない。
それが、学年末テストの最終日のテスト受けて何になる!
忍びの術は格段に上がったけど、学校の勉強はサッパリ。
任務に就いている間は、主に嫁持ちさんがわたしに化けて学校に行ってくれていた。
正直クラスメートともほとんど付き合いもない。クラスメートで一番喋ったのは、交換留学生の触れ込みで学校に潜り込んでいたランツクネヒト(傭兵)のミッヒなんだから話にならない。
で、嫁持ちさんが高校生活最後のテストを受けに行って、わたしのJK生活は幕を閉じた。
わたしの青春を返せぇ!
叫べるほど思い入れはないし、致し方ない(-_-;)
「吠えよ剣の続投決まったよ!」
撮影所に行くと、まあやが目を輝かせて飛びついてきた。
「え?」
こっちも百地組の先輩たちがわたしに化けて付き人兼キャストをやってくれていたのでノープロブレムなんだけど、まあやの様子が、ちょっと変。
なんだか、めちゃくちゃ懐かしそうだし、ドラマの続投なら先輩たちが聞いているから風魔そのとしては知っているはず(わたしは聞いていなかったけどね)。それが、初めてッぽく、かつメチャクチャ懐かしそうに言うのは変だ。
「あ……もう気が付いてたよわたし」
「え?」
「百地社長が化けてたのは、ちょっと不自然だったしぃ……でね『本物はどこですか?』って聞いたら、ぜんぶ教えてくれた」
「え、ええ! そうなのぉ!?」
「でもでも、撮影所の人たちは誰も知らないからね、その点は大丈夫。三村さんだって知らなかったからねえ」
アハハ……作者の三村紘一こそは服部半三って実は課長代理の親玉だからねえ……言わないけど。
「でねでね、千葉さなは明治になっても生きてたからね、明治編で続くんだって!」
取りあえずは、飯の種には困ら無さそうなので一安心。
「明日からは等々力勤務だ」
その親玉に命じられた。
「等々力は等々力百人同心の本拠地だ、心して働け」
「え、えと、等々力のどこに行けばいいんでしょうか?」
「東急等々力駅下車、西へすぐの等々力渓谷。そこにある甘味処だ、百地が徳川の姓を許されて以来、その甘味処、昔は茶屋だったが、そこが百人衆の会所になっている。そこに詰めていろ」
「は、はい(;'∀')」
目力の強さに、それ以上は聞けずに等々力へ出発。
秘密組織の女子スナイパーが日ごろは喫茶店のウェイトレスやってるアニメがあったけど、そんな感じかなあ……と等々力の駅を降りる。
西に進むと、神社の森みたいなのが見えてきて進んで行くと、驚いた。
森みたいなのの下は大きな谷になっていて、木々がワッサカと繁茂して、それがずっと続いている。看板と案内板があって『等々力渓谷公園』とある。
谷だと言われてもビックリするのに渓谷。渓谷というのは止呂とか黒部とか深山峡谷にこそ相応しいもので、東京なら奥多摩にでも行かなければそぐわない地形だろう。
ところが、じっさい眼下に広がっているのは幅で二十メートル、深さは十メートルはあろうかという大渓谷。
振り返ってみると、うちの近所にもありそうな二車線の道路と街並み。すぐむこうは目黒通りで、車がビュンビュン走っている。
鉄道模型のジオラマがこんな感じ、狭いスペースに山やら街やらを作りこむので、真逆の景色が隣り合っていたりする。
そういうジオラマか夢の中に潜っていくような気がする。
谷への石段を下りると、それまでの「小春日和」が「やっぱり冬」に変わる。
地図と案内板を頼りに、左岸を行ったり右岸を歩いたり。
五分ほど行ったところで『甘味喫茶とどろき→』の看板。
二メートルほどの石段を上ると『吠えよ剣』のセットに出てきそうな古寂びた、でも学食ほどの大きさのお店。
「本社からやってきました、風間です」
ガラス戸を開けて名乗りを上げる。
はいぃ、ただいまぁ……
奥の方から声がして、カラコロと下駄の音をさせて現れた女性にびっくりした。
え、お祖母ちゃん!?
第一章 完
☆彡 主な登場人物
風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟
ミッヒ(ミヒャエル) ドイツのランツクネヒト(傭兵)
アデリヤ 高原の国第一王女
サマル B国皇太子 アデリヤの従兄




