93『奥つ城』
くノ一その一今のうち
93『奥つ城』そのいち
忍者に教範とか教科書めいたものはないけど、もし教範を作って『忍者の基本姿勢』というページがあったら、忍者の待機姿勢の見本に使えそう。
そんな感じで蹲っている多田さんだけど、次の行動が読めない。
重心の位置、筋肉の緊張、そして滲み出るオーラ、そういったもので七割がたの予測はつく。
しかし、トラスの重なりの向こうの多田さんには、そう言うものはない。
ひょっとしたら傀儡(人形)かと疑うほどだ。
深夜に田舎の道を走っていると、急に警察官が見えることがある。本物じゃない。長方形のパネルに蛍光塗料でひしゃげたL字が描かれている。それが夜道では警察官の帯革に見えるのだ。お祖母ちゃんは「忍者の知恵だ」と言っていた。その類かと思った。
思った瞬間、わずかに笑って多田さんは姿を消した。
……もう、多田さんが姿を現すことは無いような気がした。
外周警備本部の屋根裏を抜けて奥つ城に向かう。
ついさっきまで内城の街を歩き、その直前には外城の外も一周した。えいちゃんが観察した上空からの情報も頭に入っている。
『カメラの位置は、あそこと、あそこと……』
えいちゃんが監視カメラの位置を教えてくれて、避けられるものは避け、避けきれないカメラには目つぶしをかける。
奥の方で人の出入り、警備の厳重なところを見ると作戦指導の施設。独裁国家だから、統帥権は国王、実質は王子が握っている。その王子は猿飛佐助が化けているか、あるいは傀儡にしている。
機甲旅団の不始末はとっくに知られて当面の対策はとられている。外周警備本部は、機甲旅団の生き残りの収容と警備の強化に忙しくしていたしね。
城内の街にも混乱の様子は無かったし、内城もアンテナが立っているエリアを除いては落ち着いている。
作戦の失敗というイレギュラーな状況でも、いたずらに混乱させない。
さすがに中央アジアに覇を唱えようとする国だ。
王子の指揮能力、人心収攬の技はなかなかのものだ。
堀を超え宮殿奥の王子執務室、ドアの前に警備兵が二名小銃を持って立っている。
小さな石ころを拾って壁に当てる。
チャリ
二人とも小銃を構えて音のした壁に寄っていく。
『中に王子はいませんね』
えいちゃんの言う通りだ、こういう場合、最低でも一人はドアに張り付いて動かないのが警備のセオリーだ。
このエリアの概要を思い浮かべる。
建物の向こう、外とは二重の塀で隔てられた庭がある。おそらくは、執務に疲れた王子が休憩をとるためのプライベート庭園だ。
多分、そこだ。
プライベート庭園といっても小学校のグラウンドほどの広さに明治神宮にありそうなたくましい木々があって、その中ほどに二つの四阿と温室がある。
目を凝らすと、四阿のベンチで王子が居眠っている。
作戦指導に疲れて、しばしの微睡……のように見える。
しかし違う。
四阿の裏には、もう一人の王子が月を愛でるように顔を上げているのだ。
ちょっとシュール。
☆彡 主な登場人物
風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟
ミッヒ(ミヒャエル) ドイツのランツクネヒト(傭兵)
アデリヤ 高原の国第一王女
サマル B国皇太子 アデリヤの従兄