85『桔梗のプランB』
くノ一その一今のうち
85『桔梗のプランB』桔梗
中忍は戦略的な判断はしない。
戦略とは、攻めるか攻めないかという大局的な判断。これは上忍の仕事、いや責任。
中忍は、その決定に従って具体的な戦術を決める。
日本最大の忍者組織である徳川物産においては、この中忍の仕事は服部半三と、総務二課秘書のわたし(桔梗)と樟葉が当たっている。
いつ、どのように、どんな規模で攻めるかを決めて下忍に命じ、時に、その先に立って戦いの指揮を執る。これが戦術。
下忍は集団として、時には個人として登録されていて、任務に応じて指名され戦闘や諜報の任にあたる。本社直属の下忍集団も今年から発足した。
百地芸能事務所。
この春まで、百地は独立した忍者集団だったが、社長同士の話し合いで、神田の事務所を引き払って、丸の内の本社ビルに移転してきた。
その下忍たちの中で、密かに社長が好んでいるのが風魔その。
身分は下忍集団である百地事務所のアルバイト。すでに世襲名の『そのいち』を戴いているが、良くも悪くも女子高生気質が抜け切れておらず、俗名の『その』や『ソノッチ』あるいは『ノッチ』で呼んでも機嫌よく返事する。
忍者の棟梁は世襲名にこだわる。うちの服部半三、百地三太夫、敵の猿飛佐助など。
あ、うちの服部半三は別に三村紘一を名乗っているが、あくまでも任務上の偽名の一つ。
天然なのか、企みあってのことなのか、社長も半三もそのの呼び名にはこだわりがないようなので、わたしも時と場合と気分次第でファジーに接している。
そのは下忍だから、判断していいのは戦闘術の範疇にあることだけだ。
盗めと命ぜられたら、殺せと命ぜられたら、どうやって盗むか殺すかの判断だけだ。
半三とわたしで決めたのは、A国B国の行動を遅らせることだ。
草原の国がA・B両国を抱き込んで、あるいは恐喝して高原の国を滅ぼそうとしている。
高原の国が落とされれば、草原の国の力は中央アジア全域に広がり、ロシアや中国に並ぶ勢力になる。
草原の国の背後には木下豊臣家がいる。
木下豊臣は、その力の根源を海外に求め、その勢力を持って鈴木豊臣家を滅ぼし、さらには日本を支配しようと目論んでいる。
当面の障害、それは高原の国のアデリヤ王女。
まだ17歳だが、国を想う心は国王のそれを超えている。
頭脳も明晰で、いささか未熟で跳ねっかえりではあるが、その行動力と統率力には目を見張るものがある。
敵ならば、殺すか排除すれば済む。
しかし、将来においては高原の国の優れた指導者になる逸材だ。
彼女の祖母は日本人で、その血の1/4は日本の血だ。
アデリヤ王女の保護と教育、うがった見方をすれば、それが本作戦のキモと言っても差し支えない。
おっと、これは、中忍の分際を超える。
トントン
合図のノックを天井裏で聞いて、わたしは筋向いの部屋から廊下に出る。
「もう、ビックリするなあ!」
「部屋に入って」
「うん」
ミッヒを部屋に入れて、わたしは隣の部屋に入る。そして、二人とも床下に潜り込んで、出会うのは二つ隣の、そのまた裏の空き倉庫。
旧ソ連時代の地下道の図面が役に立った。
「ドローンを二つ飛ばして注意をひいておいた。五分もすれば墜とされるだろうけど、これでみんなの注意は空に向く」
「その間に、ミサイルを破壊するのね」
「ああ、草原の国の細胞が予想以上に入っている。時を稼ぐのにはこれしかない。これは中忍の判断でいいんだよな」
「ええ、予定通りでは無いけど、プランB、わたしの権限の内よ。草原の国の浸透は予想より進んでいる、荒事で阻止するしか手は無い」
「10分で爆発する、そろそろ行こう」
「仕掛けは?」
「日差しが傾いてブツに影が伸びたら爆発する」
「そう、じゃあ、ここからは別々にね」
「了解」
言い終った時には、もうミッヒの姿は無かった。
ここからは別々に脱出する。
では、なぜ、わざわざ待ち合わせたか。
直に顔を見て、事の成否を見極めるため。
わたしの特技は、人の目とオーラを見て、人物と事の成否を見極めること。
ミッヒは、急な変更にもかかわらず、きちんと任務を果たしたようだ。
ドオオオオオオン!
変装してゲートを抜けたところで大爆発。
ゲートの兵士たちは、警備どころではなくなり、銃を構えてゲートを閉鎖。
振り返ると――早く行ってしまえ――とジェスチャーしている。
やれやれ、次善の策でなんとか任務終了。
彼方を一台のジープが疾走していく。
三人乗っている、二人は女性兵士…………まさか?
☆彡 主な登場人物
風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟
ミッヒ(ミヒャエル) ドイツのランツクネヒト(傭兵)
アデリヤ 高原の国第一王女
サマル B国皇太子 アデリヤの従兄