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くノ一その一今のうち  作者: 大橋むつお
62/96

62『地下通路に映る影』

くノ一その一今のうち


62『地下通路に映る影』そのいち 





『左に抜ける通路は無視していいと思います』


 えいちゃんがはっきりと言う。




「そうなの?」


『はい、空堀は大阪城の南西の位置にあります。だからお城は北東の方角、いま、わたしたちは北に向かっていますから』


「なるほど、右側になるんだね」


『お守りに紐を付けておきました、腕に通して握っていてください』


「いつの間に?」


『ノッチさんの付き人なんです、これくらいのことは当たり前です』


「そ、そうか……変わったストラップね?」


『真田紐です』


「な、なるほど(^_^;)」


『真ん中を歩くと目立ちます』


「よし、左端」


『正解です。右側の枝道がよく見えますからね』


 


 ヤモリが壁に張り付く感覚で前に進む。これなら、普通に歩いてくる者には気取られない。


 ここを通る者が普通だったらだったらね。


 


『影が映りますねえ、ボンヤリとだけど』


「ム……?」


 照明は天井だけではなく、壁にも等間隔に付けられていて、反対側の壁に影を映している。


「気を付けて行こう……」


 気息を半分にする。走ることはできなくなるけど、これなら駆け出しの忍者には感じさせないほどに気配を消せる。


『さすがです、影の気配も半分になりました!』


「えいちゃんも、息を潜めて」


『あ、失礼しました……』


 映画人を目指すだけあって、えいちゃんはベテランの脇役が出番を待つように気配を消した。



 ?


 300メートルも進んだろうか、壁に映る影が不自然にクッキリしてきた。



『おやおや、大和大納言様のご加護を被っているんだね……これでは無下に扱うこともできないか……』



 影が喋った!



 影は壁を抜け出すと、わたしの5メートほど手前で多田さん(照明技師で佐助の手下)の姿を為した。


「甲府以来だね……」


 多田さんが口を開くと、背後と横の枝道からも忍びの気配。


「さすがですね、多田さんに気を取られ、囲まれていることに気が付かなかった」


「ここでは話もできない、付いて来て下さい」


 この状況では、わたしに選択権はない、大人しく右側の枝道に入って行く。




 え、学校?




 出てきたところは、学校の、たぶん昇降口。


 下足ロッカーが並んで、振り返ると掃除道具のロッカーの戸が開いていて、そこから出てきたことが分かる。


 でも、変だ。


 平日の放課後だと言うのに人の気配が無い。


 それどころか、空気が淀んで、微妙にかび臭い。


 ロッカーの戸は閉まっているんだけど、中に物が入っている様子が無い。


「府立空堀高校、この三月に閉校したんだよ」


「ああ…………え?」


 おかしい、商店街では下校途中の高校生をたくさん見かけた。


「あれは、みんなうちの手の者たちだ。ここらあたりは、木下家にゆかりのある者たちが大勢住んでいる」


 ぬかった(-_-;)。


「きみの上司、百地党も神田に似たようなものを持っているじゃないか」


「あ……」


 神田の古本屋街で採用テストを受けたことをことを思い出す。


「忍冬堂のオヤジ、あれは百地三人衆と言われた忍冬伝衛門の十八代目。まあ、その百地も徳川の配下に入ったんだねえ……ここだよ」


「え……」


 いつの間にか多田さんの後について視聴覚室の前に来ていた。


 パチン


 多田さんが指を鳴らすと暗幕が閉められ、照明がフェードアウトして、正面のスクリーンに映像が映った。


 5……4……3……2……1……


 カウントの数字が切り替わって、大柄な白人の爺さんと小柄な眼鏡のアジア人が立っているのが映った。


 二人とも見たことがある。


「当時は外務大臣だったよ、大柄な方は今でもそうだけど」


 言われてハッとした。


 眼鏡のアジア人は、今の総理大臣だ!


 なにかの会見なんだろうか、双方の通訳が両端に見える。記者会見だろう。




『本日は有益な会談が持てたことを感謝いたします』


『閣下も、わざわざ日本からお越しいただいて、感謝いたします』


――さっそくですが、会談の中身についてお聞きします。どのようなことをお話になって、なにか合意に至ったことはあるんでしょうか――


 どちらが喋るかで紳士的な目配せがあって、大柄の――どうぞ――というジェスチャーで日本の外務大臣が切り出す。


『本日は、両国にとって重要かつ有益な話ができました。いくつかのポイントがありますが、重要なことは、両国にとって、まだ領土問題が存在していることを確認し合えたことであります』


 日本の外務大臣が喋り終えると、通訳が訳すのを待って、にこやかに話しだした。


『おっしゃる通り、両国にとって重要かつ有益な話ができました。日本政府並びに外務大臣閣下に感謝いたします』


 うんうんと、日本の外務大臣が頷く。


『しかし、領土問題については話し合われなかった。領土問題の存在について合意したことはありません』


 ある程度、相手の言語の分かる外務大臣なんだろう『え?』と顔色を変えるが、大人しく通訳が訳すのを待って、こう言った。


『いや、両国の間には領土問題が存在し、これからも、継続して協議することで合意した……』


『そんな事実はない』


 通訳も待たずに否定すると、大柄はにこやかにグローブのような手を差し出して握手を求めた。


 小柄な方は、ムッとして、差し出された手と大柄の顔を交互に見る。


 十秒ちょっとして、大柄は催促するようにさらに手を突き出す。


 さらに数秒、小柄は手を伸ばして、大柄に振り回されるようにして握手を交わした。




 映像は、そこで終わって、画面は白くなったが灯りは点かない。




「小柄な方は、知っているよね」


「いまの総理大臣……ですね」


「頭領に言わせると『逮捕権も拳銃も取り上げて、警察にがんばれというようなもんだ』だそうだよ」


「ぐぐ……」




 その後、屋上に上った。




「あっちが空堀商店街、向こうが大阪城。こうやって見ると、本来の大坂城の大きさ凄さがよく分かる。日本にやってきた宣教師たちは、この大きさ凄さに腰を抜かしたそうだ。信長の安土城にも目を剥いた宣教師たちだけど、大坂城は規模的にも防御の堅牢さにおいても桁違い。それに、周囲を見晴るかせばヴェニスの十倍ほどに広がる商業都市。敵わないと思っただろうね」


「なにが言いたいんですか」


「太閤殿下は、この大坂を見せつけるだけでなく、それを背景にして世界に打って出られた。世界が理不尽なのは、さっきの外務大臣の百倍もご存知であった。力を持って外交に務め、世界を導いてこそ、理非明確、公明正大で豊かな日本が作れると考えられた」


「…………」


「それを受け継ぎ発展させていくのが、木下豊臣家の道なんだよ」


「…………」


「…………今すぐにとは、御当主も頭領も思ってはおられない。が、いつかは鈴木豊臣家とも手を取り合って前に進みたいと考えておられる。それが実現するまで、よろしくまあや様をお守りしてあげてください……せっかくだ、晩御飯食べて行きますか、空堀商店街には美味いお店がいっぱいあるよ」


「今日は帰ります」


「そうですか……うまいお店も面白い店も新旧取り混ぜていろいろあるから、また来るといい。商店街のマップをあげよう」


「ど、どうも」



 その後、昇降口のロッカーから地下通路に戻り、もとの郵便ポストから出た……かと思ったら、地下鉄谷六駅の用具ロッカーの扉から出ていた。




☆彡 主な登場人物


風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち

風間 その子       風間そのの祖母(下忍)

百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち

鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫

忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん

徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔

服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一

十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者

多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下

杵間さん         帝国キネマ撮影所所長

えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手

豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟


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