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くノ一その一今のうち  作者: 大橋むつお
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52『大阪へ』

くノ一その一今のうち


52『大阪へ』 





 魔石は戻ってきたようだね。



 高速にはいったところでルームミラーの嫁持ちさんが目を細める。


「戻ってるんですか?」


「手ごたえはあったんだろ?」


「あ、でも消えてしまって」


 セーラーの胸当てを引っ張た時の感触が蘇って顔が熱くなる。


「魔石とのキズナが深まったんだ。喜ばしいことだよ」


「そうなんですか?」


「頭領として経験を積めば、そうなるらしいよ。これは、意識しなくても魔石の力が使えるかもしれない」


「そうなんですか? っていうか、大阪で何をするんですか?」


 うすうす分かっているけども聞いてみる。


「信玄の埋蔵金、その一部が大阪に持ち込まれた」


 やっぱり。


「それが、いささか厄介なところに隠されたようで、ボクたち下忍では手が出せないようなんだ」


「わたしだって下忍です」


「でも、風魔流の頭領だ、魔石だって馴染んだみたいだし」


「…………」


「大阪までは時間がかかる。すこし寝ておくといい」


 ウワ!


 シートが勝手に倒れてベッドになる。


「大阪までは七時間。寝だめしておくのも忍術の内だよ」


「フフ」


「おかしいかい?」


「いいえ」


 忍術というのは、素人っぽい、あるいは子どもじみた言い方だ。


 嫁持ちさん的な労わりなんだ。


 そう思うと、車の振動も揺りかごのように心地よく、ゆっくりと眠りに落ちていった……。




 着いたよ。




 上体を起こすと、フロントガラスの向こうに『放出』と白地に青の標識が見える。左右からも車が走っていて交差点のようだ。


「ほうしゅつ?」


「ハナテンと読むんだ。難解地名のベストテンに入る大阪の東の外れ」


「なんか、放り出される感じ」


「うん、大坂で所払いになると、ここで放り出されたらしい」


「プ、ほんとうですか?」


「逆に言うと、ここからが大阪の核心部で、よその忍びは断りなしでは入れない」


「う……なんか、胃が痛くなります」


「ソノッチのことは話が付いている」


「え、どんな風に!?」


「下忍には分からないよ。健闘を祈る」


「は、はい。でも、一ついいですか?」


「ボクに答えられることなら」


「まあやの世話は誰が見るんですか?」


「分からないよ……でも、そんなに時間はかからないと思う。社長も平気な顔してたし」


「そうですか」


「そろそろ時間だ。ここで待っていれば迎えが来る」


「はい」




 けっきょく、核心に触れることはなにも聞かされず、交差点の手前で文字通り放り出される。


 時計を見ると四時前、日本中の高校生が下校の真っ最中という時間。じっさい、交差点を渡って向こうへ行く高校生たちがチラホラ。スマホのナビで確認すると、もう少し行ったところにJRの駅がある。


――そのままで聞いて――


 忍び語り、それも思念で送って来る高等なやつ。


 気配に足元を見ると、見たことのある猫がお座りしている。


――そのままでって言ったろ――


――ごめん――


――じきに軽トラックがやってくる。運転席の窓が開いてるから「土井さんですか?」って聞いて――


――うん――


――すると運転手は「里中満智子さん?」と聞くから「いいえ、中村その子です」って応えるの――


――うん――


――そうしたら車に乗せてくれる、いいわね――


――了解――


 

 数秒答えがないので、ゆっくり足もとを視野の端に捉えると、もう猫の姿は無かった。




☆彡 主な登場人物


風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち

風間 その子       風間そのの祖母(下忍)

百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち

鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫

忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん

徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔

服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一

十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者

多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下


 

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