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くノ一その一今のうち  作者: 大橋むつお
25/96

25『してやられる』

くノ一その一今のうち


25『してやられる』 





「行ってきまーす」「行ってらっしゃい」



 お祖母ちゃんと言葉を交わして玄関を出る。


 三歩で通りに出て左に曲がる。


 お線香の匂いがして、つい「お早うございます」を言いかける。


 筋向いのお爺ちゃんは、仏壇にお線香をたて、リンを鳴らして、ナマンダブを三回唱えるのが朝のルーチン。


 そのあと、郵便受けに新聞を取りに出て、玄関を出たばかりのわたしに「お早う」を言ったり「お早うございます」をこっちから投げかけたり。


 でも、先月、お爺ちゃんは亡くなったので「お早うございます」は言わない。


 それが、つい口をついて出てしまったのは、お線香の匂いがしたからだ。


「お早う、そのちゃん」


 お爺ちゃんの声。


 思わず振り返ると、郵便受けから新聞を取り出しながらお爺ちゃん。


「お早うございます」


 してやられたと思いながらも挨拶が口を突いて出る。


 忍者が変異に出会った時の対応は二つだ。


 さっさと逃げるか調子を合わせるか。


 変異の正体や出方が分からない時は、とりあえず調子を合わせる。


 そして、相手の意図や力を推し量れたところで、次の行動に出る。


 さあ、なにが起こるんだぁ?


 お爺ちゃんは、笑顔一つ残して家の中に入って行った……生きていたときのまんま。


 ハッ


 小さく息を吐いて角を曲がる。


―― このまま事務所に行け ――


 不覚、ブロック塀の上の猫が語りかけてくる。


『なんでですか?』


 猫は課長代理に違いなく、こないだからしてやられっぱなしなので、少しムキになる。


―― その車に乗れ ――


 キーー


 聞く間も無く、スライドドアを開けながらミニバンが横付け。




「全部読まれてるね」




 ハンドル操作をしながら力持ちさん。


「力持ちさんも?」


「ああ、テレビ局に行こうとしたら電話がかかってきた。ソノッチを送り届けたらまあやを迎えに行く。今週のまあや番はわたしがやることになった」


「任務ですか?」


「うん、ソノッチもな、おそらく、事務所全体で対応している。ムカつくくらい機先を制されているからな。わたしらに考える隙を与えない。ソノッチも考えないほうがいい」


「はい」


 それからは沈黙になり、五分余りで丸の内の会社に着いた。




「お早うでござる、そのさん。このまま屋上に参られよ」




 二課のドアを開けると、案内ロボットが真ん前で待っていて、胸のディスプレーに屋上へのルートを表示してくれている。


「了解」


 屋上へは、八階までエレベーターで、そこからは階段だ……で、エレベーターの前で気が付いた「って、ここは八階じゃん」。完全に指示で動くようにならされてしまった。 


 走って階段を上がり、屋上に出る。


 バーーン


 せめての腹いせに、元気よくドアを開ける。


 ウワ


 騒音と激しい風が同時にやってきた。


 バラバラバラバラバラバラバラ!


 目の前にヘリコプター!?


 ガラ


 胴体のドアが開いたかと思うと……わたしが出てきた!


 出てきたわたしは、評判のアクションアニメ『リコリ〇リコイ〇』の制服を着ている。


「お早う、次は、あんたの番ね。頑張って!」


 軽く肩を叩くと、背中のカバンを肩掛けにして階段室に入って行った。


「早く乗って!」


「はい……!?」


 振り返ったヘリコプターの中からは、もう一人のわたしがオイデオイデして急き立てているし……。


 


☆彡 主な登場人物


風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち

風間 その子       風間そのの祖母(下忍)

百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち

鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫

忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん

徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔

服部課長代理       服部半三(中忍)

十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者


 


 

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