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くノ一その一今のうち  作者: 大橋むつお
13/96

13『太閤記のスジ』

くノ一その一今のうち


13『太閤記のスジ』 





 忍者にはスジってもんがあるんだ……



 忍冬堂の目を細めた顔が浮かんでくる。


 今日も殺陣の仕事を終えて事務所に帰る車の中。


 まあやは二度ほどで憶えてくれたんだけど、ゲストのアイドル俳優のニイチャンが腰が引けて、なかなかOKが出なかった。理由は分かってる、殺気がありすぎるんだ、わたし。


 お芝居なんだけど、ジュラルミンの刀だと分かっていても、刀を構えるとどうしてもその気になってしまう。


 だから、アイドル俳優ビビらせて、撮り直しばかりだった。


 で、気疲れから、ついウトウトして忍冬堂の問わず語りを思い出してしまう。



「忍者にはスジってもんがあってね、Aという大名に仕えるとしくじりばかりだが、Bに乗り換えたとたんにうまく行くことがある。忍者のしくじりは命に係わるから、まとめ役の上忍は気を配ったもんさ。映画や小説とかじゃ、忍者はバタバタ死んじゃうんだけど、じっさいは、本人も死にたくねえし、使う方も死なせたかねえ。忍者一人使えるように育てるには、べらぼうな金と時間がかかってる。だいたい忍者の里ってのは、有名な伊賀にしろ甲賀にしろ山がちで米なんか作れねえところだ。忍者の稼ぎは、まんま、里の女子供を食わせるための命綱だしな、みんな命は惜しんだもんさ。だから、どこの仕事を引き受けるかは、とっても大事なことだったのさ。それを見極めるために目利きの上忍は気を飛ばして、その適性を見るんだ……内緒なんだろうが、百地は分かってるんだろうねえ……わざわざメモを回覧板に挟んでくるんだもんなあ……こりゃ、太閤記のスジで協力してくれろってなぞなんだろうけどなあ」


「太閤記って、豊臣秀吉の一代記なんですよね?」


「そうだよ、古くは太田牛一、小瀬甫安、明治からこっちの決定版なら吉川英治に司馬遼太郎ってとこだが……おれっちみたいな昭和のテレビ世代は、古本屋が言うのもなんだけど、大河ドラマの『太閤記』だね。緒形拳の秀吉はピカイチだったけど、高橋浩二の信長も良かったねぇ。ご婦人方の人気がすごくってさ、信長の助命嘆願の手紙がNHKにいっぱい来ちまって、本能寺の変は、シリーズも半ば過ぎの六月まで放送できなかったって伝説さ。そうだ、ちょうど頂き物の太鼓焼きが……あったあった、婆さん、お茶淹れとくれ、百地の若い子と話しすんだからよ。まあ、遠慮なんかいらねえ、そうだ、今日は、もうアイドルタイムにしちまおう」


「すみません、回覧板持ってきただけなのに(^_^;)」


「いいさいいさ、百地んとこは腐っても芸能プロなんだしよ、ひょっとしたら、久々の太閤記でブレイクすんのかもな。いや、これはなかなかの辻占にちげえねえ」


「まさか、アハハハ」


 

 忍冬堂とのやりとりは、ついこないだのこと……そんな感じなんだけど、もう三月も経っていて、三年生の風間しのとしては進路を決めなくちゃならない。


 大学とか短大にいく余裕なんてうちにはないし、最近安定してきたバイトのギャラで行けるようなものでもない。


 いっそ、百地芸能に就職? いや、太閤記の話ってかけらもないし。


 まあ、あれは年寄りの夢とかゲン担ぎなんだろうね。


 最近では、鈴木まあやに気に入られて、レギュラーの時代劇だけじゃなくて、ドラマでは専属の代役をやったりしている。むろん後姿とかスタントばっかなんだけど、このギャラが、けっこういい。


 二三年も、まあやの代役やったら、短大くらいいけるお金が貯まるかもしれない。


 でも、そうすると二十歳超えてしまって……ニ十二くらいで短大卒……ありえない。


 でもでも、忍冬堂が言うように、忍者にはスジ……って言うのも頭をよぎるしねえ。


 なんなんだろうね、太閤記のスジっていうのは……




☆彡 主な登場人物


風間 その        高校三年生

風間 その子       風間そのの祖母

百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち

鈴木 まあや       アイドル女優

忍冬堂          百地と関係の深い古本屋

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