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8 逃れられない想い

「ユキコ。お前、見合いでもしないか」


 会社を辞めてから2ヶ月後、父がぽつりとそう言った。

 新しい仕事をするようなスキルもない私に結婚を勧めるのしょうがないと思った。


 私の夢は好きな人と結婚して子供を産んで温かい家庭を作ることだった。


 武田くんは私のことが好きではなかった。

 だから私と別れてくれたことは正解だったかもしれない。

 そうじゃないときっと、私は今よりみじめな思いを一生抱えていたかもしれない。


「ごめんなさい。お父さん、私、恋愛結婚がいいの。仕事も探すわ。今度こそお父さんの力を頼らず自分で……」

「…わかった」


 父はそう言うとソファーから立ち上がり自分の書斎に戻った。


 誰もいなくなった居間で私はソファーに深く腰を落とした。そして天井を見上げる。美しいシャンデリアが頭上で輝いていた。

 戦後から引き継がれてきたこの家は古かったけれども、時代が節々に感じられる作りだった。でも重い伝統に縛られてるみたいで好きじゃなかった。


 翌日私はハローワークに行き、人材派遣会社にも電話をかけた。

 とりあえず、まずどこかで働くつもりだった。

 買ってきた履歴書の袋を開ける。


 6年ぶりか……

 変わらない履歴書のフォーム見ながら大学4年の就職活動を思い出す。

 何社か受けたけど、結局受からなかった。

 そして父の務める会社に入った。


 入社してから間もなく武田くんをあの桜並木で見かけた。

 きれいだった武田くん。

 もしあの時、武田くんを見なかったら私の人生は変わっていたかもしれない。


 今頃、別の人と結婚して幸せに暮らしていたかもしれない。


 私は自分のその考えに打ち消した。


 武田くんと付き合った日々は楽しかった。

 幸せだった。


 後悔してない。


 私は黒のボールペンを握りしめると履歴書に記入し始めた。


 それから1カ月、何社か受けた。

 書類で落ちたり、1次面接で落ちることばかり続いた。


 気持ちが落ち込んだ。

 そしていままで自分が本当に何もしてこなかったことを思い知らされた。


「今日はありがとうございます。1週間以内に連絡いたしますのでお待ちください」


 人事課長にそう言われ、私は頭を下げると部屋を出た。

 不採用確実だった。

 質問に答えた時の反応でわかった。

 私はため息をつくと建物から出るためにエレベーターを待った。


「あれ?宮園さん?」


 その声にドキッとした。振り向くとそこに松山さんがいた。


「その格好……もしかして面接?」


 松山さんの言葉に私はただうなずいた。



「そうか。就職活動中か」


 結局、お昼時間でもあったので二人で食事をすることになった。


「うん。でもなかなか難しい……」


 2カ月ぶりだった。胸が相変わらずどきどきしていたが、顔が赤くなることはなかった。


「俺も今の会社、卒業してからずっとだから、転職する時とか難しいかもな。ああ、そうだ。これは言わないといけないと思ってたんだけど」


 松山さんは急にそう言って笑うと、耳元に顔を近づけ囁いた。


「あの会社ブラックらしいから。受かっても行かない方がいいよ」


 耳元にかかる息とその言葉で私は笑いだしてしまった。


「笑いごとじゃないぜ。営業でたまに行くと社員がみんな疲れた顔で仕事してるんだ。休みがなかなかとれなくて、残業もすごく多いみたいだから」


 松山さんは私に笑顔を向けてそう言葉を続けた。

 ああ、やっぱり私は松山さんを好きなんだ。

 その笑顔を見て私はそう気づいてしまった。


「あ、ハンバーグ。忘れてた。早く食べなよ。冷めちゃうぜ」


 松山さんは子供のようにそう言って笑うと、テーブルの上の籠に乗るフォークとナイフを私に渡した。


「ごめん。昼から別のとこにアポがあるから家まで送れなくて」


 松山さんは駅に車を止めながらそう言った。


「大丈夫です。今日は昼間だし」

「宮園さん!」


 松山さんはドアを開け外に出た私に呼び掛けた。

 私はドアを開けたまま車内を覗き込む。


「あのさあ、俺今週は仕事でずっと東京にいるんだ。また暇だったらご飯一緒に食べない?」

「うん。いいよ。私は暇だから。いつでも」


 私はそう答えると松山さんは笑顔をみせた。


「本当?それじゃあ、また連絡するよ」


 私がドアを閉めると松山さんは手を軽く振り車を走らせた。

 去っていく車を見ながら私は心臓が早鐘を打つのがわかった。


 どうしよう。

 だめだ。

 もう引き返せない。


 私は駅の構内に入りながら自分の気持ちから逃れられないのがわかった。


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