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3

 東京に、武田の会社に彼女が働くようになって数ヶ月がたった。俺は武田に婚約者がいることを知りほっとした。


 しかしあの射抜くような視線が気になっていた。

 10年前とひとつも変わらない視線。


 そして、考え事をすることが多くなってしまった彼女。


 俺は不安になった。彼女を束縛したかった。


 結婚……俺はそのことを考えることが多くなった。

 でも俺は彼女の答えを知っていた。


 仕事が好きな彼女、あいつを忘れられない彼女。


 俺の子供を生んで家庭に入ってくれるとは思わなかった。


 でも俺は言わずにはいられなかった。


 髪の色をあいつと同じ色にかえ、彼女はますます苦しそうな顔を浮かべるようになった。


 ある日、ベッドで眠る俺の髪を愛しげに撫でていた。髪の主が俺だとわかると一瞬びっくりしたような顔になった。彼女はベッドにもぐりこみ、顔を隠したが、俺にはわかっていた。


 でも諦め切れなかった。


 彼女が好きだった。


 いつから彼女が俺にとって特別な存在になったのかわからない。

 でも俺は離したくなかった。

 この腕にずっと抱きしめていたかった。


「カナエ……」


 ぎゅっと俺は彼女の体を抱きしめた。一瞬体がびくっと震えたが彼女は抵抗しなかった。

 俺はその首筋にキスをした。そして彼女の柔らかな胸に掴んだ。彼女は甘い声をあげた。俺は止められなかった。


 彼女が好きだった。

 離れられなかった。


 彼女を解放してやることができなかった。



「シン!」


 細身の体の美女は俺を見ると妖艶な笑みを浮かべた。


「ジュディ。久々だな」


 俺は笑顔を向けるとその向かいの席に腰を下ろした。


「昨日、カナエに会ったわ!」


 ジュディは嬉しそうに笑いながらそう言った。彼女の紹介で俺は7年前にジュディ・チュアにあった。初めのうちは発音がすこしおかしな日本語を使っていたが卒業するころには完璧な発音で日本語を話せるようになっていた。


「東京に行ったのか?」

「ええ、だって私の目的はカナエだもの」


 ジュディはそう言ってまた笑った。ジュディはよく笑うようになった。大学のころは彼女と同じでぶっちょうずらをしてることが多かったのに。


「シンは本当変わらないわね。カナエもだったけど。相変わらず人形みたいだったわ」


 俺は黙ってジュディの話を聞いていた。


「ねぇ。シン、カナエもらってもいい?」


 ジュディの言葉に俺は口の中のお茶を吐きだしそうになった。それを見てジュディは笑った。


「あなた、まだカナエのことを好きなんでしょ?」


 ジュディは俺に紙ナプキンを渡しながらそう聞いた。


「もちろんだ。しかも俺達は付き合ってる。」

「嘘でしょ?!」


 ジュディは俺の言葉に目を丸くした。


「本当だ。2年近くになる。」

「そう……。じゃあ、きっとカナエはウンって言わないかしら」


 ジュディはテーブルの上に置かれたチョコレートケーキに視線を落としながらつぶやいた。


「なんのことだ?」

「……聞いてないの?」


 ジュディはまずいことを言ったというようなばつの悪そうな顔になった。

 ここ数日俺は彼女と連絡をとってなかった。


「頼む。教えてくれ」

「……多分。カナエはシンに心配させたくないから、言わなかったと思うんだけど……」


 ジュディは言いずらそうに口を開いた。


 彼女と別れた後、俺は茫然とした。

 香港行きの話があったなんて聞いたことがなかった。

 昨日話したばかりと言ってたから、聞いてなくて当然かもしれないが……


 俺はショックだった。


「カナエ」


 アパートの下で待ってる俺の姿をみて彼女は驚いていた。


「電話すればよかったのに」


 彼女をそう言って、俺を部屋に入れた。


「カナエ!」


 俺は自分の気持ちを抑えきれなった。

 玄関口で俺は彼女を抱きしめた。


「松山?!」


 彼女は体をこわばらせていた。


「行かないでくれ。お願いだ」


 俺は自分が泣いているような気がした。彼女はゆっくり、しかし強く俺を拒否した。


「ごめん。松山。私は決めたんだ。香港で自分の可能性を試す。日本のことをすべて忘れて」


 彼女の瞳には強い意思が宿っていた。


「……俺のせいか?」


 なぜか俺はそう口にした。

 俺は知っていた。

 俺の気持ちが彼女に負担をかけていたのを……。


「違う。誰のせいでもない。ごめん。松山。お願いだ。行かせてくれ」


 彼女は俺の腕を強く掴んで、俺を見上げた。その瞳は涙で潤んでいた。


 嘘だ……

 彼女はあいつから、あいつへの気持ちから逃げるために日本を出たいんだ。

 そして俺からも逃げるために……


 俺は強引に彼女を抱きよせ、その唇を奪った。彼女が珍しく抵抗したが、俺の方が力は上だった。

 そのまま彼女を押し倒した。


 最低だ。

 俺は自分が最低なことをしてることを知っていた。


 でも彼女を逃したくなかった。



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