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狩人と銀色の花嫁  作者: 榊原シオン
第1章
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第5話 『人の目線』と『動物の目線』

 四月。


 季節は春本番。


 暖かい風が吹き抜け、動物の活動も盛んになってくる時期だ。


 今日はゼストと初めての狩りである。


「アルス、今日から色々教えて行く訳だが……。まず最初に言っておく。今日は狩りはやらない」


「え~! どうして~。僕、楽しみにしてたのに~」


 早速、愚痴をこぼすアルス。やっと念願かなって狩りに連れて来て貰えたので、当然と言えば当然だった。


「今日は狩りをやらない代わりに、気を付ける事を教えていこうと思う」


「気を付ける事?」


「そうだ。これを覚えないと怪我したり、動物を捕らえたり出来ないからな。アルスは怪我をして、お母さんを困らせたいか?」


「ううん。困らせたくない」


「そうだよな。お父さんも困らせたくない。じゃあ、何も捕らえられなくって、お母さんをガッカリさせたいか?」


「ううん。ガッカリさせたくない」


「そうだよな。じゃあ、ちゃんと憶えないとな」


「うん……。分かった」


 何故か上手い具合に丸め込まれてしまうアルス。


「いいか、アルス。狩りをする時に重要なのは、獣道(けものみち)(ふん)と足跡だ」


「???」


 アルスには何の事なのか、サッパリだ。


「アルスは動物が、どういう格好で歩いてるか、知ってるか?」


「こうなんじゃない?」


 アルスは人間が歩くのと同じく歩いてみせる。


「いやいや、そうじゃないんだ。動物はこう、四本足で歩くのがほとんどだ」


 と、ゼストは実際に四つん這いになって、歩いてみせる。


「ええええ? そうなの? 知らなった!」


 やはり、色々と知識が足りないアルス。


「これであることが分かる。さっきまでの立ってる時と今と、お父さんとアルスはどっちの方が背が高い?」


「今は僕の方が背が高いよ~」


 アルスは自分の方が背が高いことでご満悦だった。


「つまり動物の目線は、アルスより低いことの方が多いんだ」


 なるほど。うんうん。と、何度も(うなず)くアルス。


「アルスもお父さんみたく、四つん這いになってごらん」


「えと……。こう?」


「そうだ。立ってる時と比べて、景色が違うだろう?」


「うん。全然違う。木がもっと高くなった」


 地面も近くなったことから、草の匂いを吸い込み、肺に満たしていく。


(僕、この匂い好きかも!)


 それは、今まで庭で遊んで居た時には気付かなかった、新たな発見であった。




「そうだな。それで、こうやって動物の目線に合わせると気付くことがある。あそこの草の茂みの抜け穴が分かるか?」


 と、ゼストは草が踏み荒らされて出来た抜け道を指さす。


「うん。あの丸くなってるところでしょう?」


「そう。じゃあ、アルス。今度は立って見てごらん」


 アルスは言われた通り、立って同じところを見てみる。


「あっ! さっきより分かりにくくなった!」


「そうだな。別にあの抜け穴は隠してある訳ではない。時にはこうして動物の目線に合わせるのも重要なんだよ」


(お父さん、凄いや)


 アルスは尊敬の眼差しで父を見つめていた。


 アルスは父に獣道(けものみち)の事を教えて貰い、より一層話に耳を傾けるようになる。


「獣道ってのは動物が行き来する道の事なんだ。つまり、ここは何かしらの動物が通る道って事だな」


「それって、ウサギ? キツネ? タヌキ?」


「それはまだ分からん。ただ、獣道の大きさからいってそれほど大きな動物でないことは確かだな」


(お父さんでも分からないことあるんだ~)


「-----------」


「ん? タヌキ? お父さん、ここを通るのはタヌキだって」


 ゼストはアルスが言うことを、そうか。そうか。と聞き流し、説明を続ける。


「ここは動物が通る可能性があるから、今日は罠を仕掛けていこうと思う」


 そう言って、ゼストはリンゴを餌に罠を仕掛ける。


 獲物がリンゴを食べようと檻の中に入ると、入り口が閉まり、出れなくなる仕組みだ。


(タヌキだって教えたのに……)


 アルスは少し不満顔である。


「結果は、次来た時のお楽しみだな」


 罠を仕掛け終わった後、アルスはゼストに引きつられて森の更に奥へと進む。


「いいか、アルス。森の中ってのは兎に角(とにかく)、迷子になりやすいんだ」


「迷子? 大人のお父さんでも迷子になるの?」


 あはは。とちょっと馬鹿にしたように話すアルス。


「そうだぞ。例えば、そこの木の根元にキノコが生えてるだろう? あれは食べられるキノコだから今から取るんだが。採取した場所って、だいたい近くに別のキノコが生えてる事が多い。あ、ここにも。あ、あそこにも。なんてやってると、元々来た方向が分からなくなってしまうんだ」


「え~? 僕は大丈夫だと思うな!」


 何故か、自信満々なアルス。


「じゃあ、アルスに分かりやすく言うと、そうだな……。アルスの目の前を綺麗な蝶が飛んで行ったら、アルスはどうする?」


「捕まえる!」


「そうだよな。蝶が飛んでると捕まえたくなる。ただ、蝶は飛んでるから追いかけなきゃならない。追いかけて行ったら、いつの間にか家からだいぶ離れてたなんて事ないか?」


「うん。ある……。あの時はちょっと怖かったもん」


 あの時は実際、予期せず家から気付かないうちに離れてしまっていた。


 まだ見える範囲だった為、事なきを得たが、いつの間にこんなに離れたんだろう……。と思ったのは記憶に残っていた。


「夢中になると周りが目に入らなくなってしまうものなんだ。今回の場合は、蝶を見失わないように蝶だけ見てたのが原因だな。さっきのキノコの場合も理由は同じなんだよ」


 そうなのかな~。と、いまいち半信半疑なアルス。


 無理もない。こればっかりは実際経験してみないとなかなか実感しないものなのだ。


 ただ、父であるゼストとしては、そうは言ってられない。アルスが危なくなる芽を(あらかじ)め摘み取っておく必要がある。


「じゃあ、どうすれば迷子にならなくって済むの?」


「その為に、木に(しるし)を付けてるんだよ。アルス、今通って来た方を振り返ってごらん? お父さんが木に巻き付けた(しるし)が見えるだろう?」


「うん。お父さんが付けてたやつだよね」


 ゼストはある程度の間隔で途中、途中、立ち止まっては、木に(しるし)を巻き付けていた。


「そうだ。あれを目印に辿っていけば、迷子にならなくって済むぞ」


 アルスには何の目的で父がそんな事をやってるのか分かってなかったが、説明してくれた今となっては分かる。


 こうして、更にゼストに対する尊敬の念が深まっていく。


「アルスもいずれ一人で森に入ることもあるだろう。慣れている森なら、迷うことは少ないかもしれないが、初めて訪れる場所では、ちゃんと目印を残しておかないといけないぞ。時間が経って暗くなってきたりすると、更に憶えてた景色と違って見えたりするものだからな」


 これが、ゼストが教える注意事項の一つ目であった。


 ちなみに、この説明の後、ちゃんとキノコを採取したことは余談である。

アルスが、尊敬の眼差しで見ている時のゼストは、四つん這いです。

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